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※問答無用というわけです《R-15》

R-15

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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

実は嫌です


 エーリカが珍しく真剣な表情をしているかと思えば。
「トゥルーデ、別れよう」
 付き合ってもないのに、別れ話を切り出された。
「もうトゥルーデには付き合ってられないの!」
 それはこちらのセリフだと、バルクホルンは思う。
 朝は起きないし、部屋は滅茶苦茶だし、ミーティングには遅刻するし、菓子がきれると駄々をこねる。それに一々付き合ってやっているのはこちらの方である。
「朝は起こしにくるし、部屋が汚いってうるさいし、ミーティングに遅れると怒るし、お菓子買ってくれないし! 付き合わされる身にもなってよ!」
「言い分がおかしいとは思わんのか!?」
 なんの遊びだ。
 露骨に苛々とした顔を、バルクホルンは浮かべた。
 仮に付き合っていたとして、エーリカの自堕落さはこれまで通りに違いなく、そうなれば別れて困るのはエーリカの方だ。
 別れ話を切り出す権利があると思っているのか?
 ……そもそも、付き合っているわけではないのだが。
 ともかく、こんな話題で愉快になれようはずはない。
 バルクホルンが睨みつけると、エーリカは姿勢を正し、ひた、とこちらに視線を合わせてきた。
「私の要求はひとつです」
「……ほう。言ってみろ」
 我慢だ。
 我慢しろ。
 こちらは年長者だ。
 ここで大声を上げるのは大人気ないではないか。
 バルクホルンは自分に言い聞かせた。
 だから、我慢。我慢するのだ……。
 エーリカが、口を開く。
「しんどいので、もっと甘やかしてください……」
「こっの馬鹿者がァ!!!」
 無理だった。

「あっトゥルーデ」
 廊下で会っても無視。
「トゥルーデトゥルーデ、ご飯の時間だよー」
 部屋で話しかけられても無視。
 一々注意されるのをうるさいと感じるなら、これで満足だろう。
 バルクホルンはエーリカに視線を向けることすらしなかった。
 だからエーリカがどのような表情を浮かべているのかわからない。
 傷ついた顔を浮かべているのかもしれないし、まったく普段通りなのかもしれない。
 どちらが良いというものでもないが、傷ついた顔をしてくれた方が、自分にとっては救いがある。
 そう考えて、バルクホルンは首を振った。
 別に傷付けたいわけではないのだ。
 ただ、自分が少し本気で怒っていることを、態度で示そうとしているだけ。
 ……子どもじみているだろうか。
「あ、あのさ……」
「…………」
 無言。そして足早に、何かを話しかけようとするエーリカの前を通り過ぎる。
 若干の、自己嫌悪。
 何に怒っているのか、自分ですらよくわからない。
 ただ、考えれば考えるほど許し難いことを言われた気がして、エーリカと話すきっかけを見失った。
 エーリカがちゃんとしていればいいのかというと、そんなことはないらしい。
 無視し始めてからのエーリカの生活には改善が見られるが、逆に、それを見るほどバルクホルンの苛立ちは募った。
 自分は何が言いたいのだと、まったくやりきれなかった。

「トゥルーデ」
 夜。
 ベッドに入ったバルクホルンは、震えた声を聞いた。
「怒ってる?」
 怒っているとも。
 寝たふりをしながら、バルクホルンは眉根を寄せた。
「何に怒ってるの」
 わからないと、謝れないよ。
 エーリカのか細い声に、バルクホルンの心が揺らぐ。
「教えて。教えてよ」
 無理だ。
 わかっているなら、バルクホルンも悩んだりはしない。
「私がちゃんとしなかったから?」
 そうかもしれないが、そうじゃない気もする。
「私がわがまま言ったから?」
 それもある、のかもしれない。
「別れようっていうのが、嫌だった?」
 ……そんなことは、ない。
「トゥルーデ、許してよ……」
 別れようと言われたから怒っているとか、まるで自分がエーリカに執着しているかのようではないか。
 依存しているのはエーリカの方であって、自分ではない。付き合ってもないのに別れようと言われたところで、痛くも痒くもない。
「そっちいってもいい?」
 バルクホルンは無言を通した。
 だが、拒否されなかったのをいいことに、エーリカの気配が近付いてくる。それはベッドの脇で止まり、ぺたりと床に座り込んだようだった。
「トゥルーデ、私、お別れしたくない」
「…………」
「トゥルーデは私と別れたい……?」
 無視、できなかった。
 かといって、どう答えればいいかもわからない。
 出てきたのは、中身のない、この場にそぐわない一言だった。
「そもそも、付き合った覚えはない」
「関係ないよ、そんなの」
 それを一蹴して、エーリカは続けた。
「トゥルーデは別れたい?」
「……さあ、な」
「別れたい?」
「わからん」
「別れたくない?」
「それも、わからん」
「じゃあ、私、いなくなってもいい?」
「それは……」
 嫌だ。
 癪だが、嫌だ。
「いなくって欲しいんだ」
 そんな、そんなわけ。
「……わかったよ」
「……っ」
 まったくの、無意識。
 気がついた時には、立ち上がりかけたエーリカの腕を掴んでいた。
「そういうことを、言うんじゃない……」
 バルクホルンはやっと、それだけを言った。
「私にいなくなってほしくないの」
「そんなわけ、ないだろう」
「じゃあ、別れたくないんだ」
「いや、それは……」
「別れたくないんだ?」
「……そうだ。そうだよ。別れたくない」
「そっかぁ……!」
 暗闇の向こうで、エーリカが笑ったのがわかる。
「んもう。トゥルーデは素直じゃないなぁ……!」
「……知らん」
「私もね、別れたくなかったよ」
 もう二度とあんなこと言わない。
 付け加えられたエーリカの一言で、バルクホルンの胸のつかえは、なくなった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

掠れた世界


「本当だわ。駄目になってる」
 埃と空き瓶で埋まったアパートの一室。
 ねぐらとしているこの場所で、ソファに横たわるビューリングは、聞こえるはずのない声を耳にした。
「あ……?」
 眩しさに目を細める。住み着いて以来、一度も開けたことのないカーテンが開けられていた。
 窓から差し込む陽光。
 それをバックに、ビューリングは幻覚を見た。
「……飲みすぎたか」
 左手にある、ウイスキーの瓶を振る。残り三分の一まで減った琥珀色の液体が、耳障りの良い、魅力的な音を立てた。
「……別に、邪魔しなければ、なんでもいいか」
 幻覚が見えたところで、所詮何も出来はしない。
 そう思い直し、蓋を開けた瓶を口に運ぶ。
 だが、口に瓶が触れるより早く、それは幻覚に取り上げられてしまった。
「邪魔するに決まってるでしょ」
「……幻覚の癖に」
「ふぅん」
「……出ていけ」
 幻覚は、ビューリングの言葉通りに、黒く長い髪を宙に舞わせ、踵を返した。
 そうだ、出ていけ。
 たとえ幻覚だとしても、お前にこんな姿を見られたくはない。
 他に飲みかけの瓶はなかったかと、ビューリングは僅かに身を起こし、床を手で探る。
「……空か。これも。これもだ」
 くそ、と悪態が口を突く。
 どれもこれも、中身がない。
 また、買いに出なければならない。
 酒は必要だ。
 ソファに腰掛ける。
 二日、食事を取っていない。
 それ以前にも、食事は欠かしがちだった。
 体力がない。立ち上がるのも一苦労だ。
 煙草に火をつける。
 たったこれだけの動作で休憩が必要なほど、ビューリングは衰弱していた。
「……別に、いいさ」
「いいわけないでしょ」
 再び、聞こえるはずのない声。
 はっと顔を上げたビューリングの顔に、塊のような水が直撃した。
「…………」
 びしょぬれになった煙草の先端から水を滴らせつつ、ビューリングはぽかんとした顔を正面に向けていた。
 そこには。
「目、さめた?」
 幻覚が。
「あんたが駄目になったって聞いたから来てみれば、予想を遥に上回る駄目っぷりで驚いたわよ」
 智子の幻覚が、仁王立ちしていた。
「何、この部屋。酒瓶だらけじゃない。ご飯食べてんの?」
 幻覚の智子は、手に持っていたバケツを、無造作に床へ放り投げた。
 空っぽのバケツはガシャン、という音を立て、床を転がる。空の瓶に当たって止まったバケツは、水に塗れていた。
「なんとか言ったら?」
 柳眉を逆立て、智子は立っている。
「あ、その」
 咄嗟に言葉が出ない。
 最早用をなさなくなったタバコを摘まみ、指先でもてあそぶ。
 その後、ようやく出てきた言葉は、
「その、すまん」
 何故か、謝罪の言葉だった。
「本当にそう思ってるの?」
「……いや、わからない」
 頭がぼうっとしている上、何から何まで唐突だ。
「……そう。もう一杯水が欲しいのね」
「ま、待て……!」
 また水をかけられてはかなわない。
 バケツを広い上げようとする智子を止めようと、ビューリングは慌てて立ち上がった。
「……あ」
 足が、もつれた。
 蚊の鳴くような声が、喉から漏れ出る。
 声を出す力すら、ビューリングには無かった。
 空き瓶だらけの床が、スローモーションのように近付く。
 倒れる。
 働きの鈍い頭がようやく未来予想をはじき出した瞬間、ビューリングは温かな体温に抱き留められていた。
「……軽っ」
 頭上から、呆れたような、驚いたような声がする。
 だが、ビューリングはそのことよりも、自分を抱き留める胸からする、懐かしいにおいに目を細めていた。
「あんたねぇ……」
 弱々しく抱きつくビューリング。
 幻覚は、心底あきれたようにため息をついた。
「ちょっと、ビューリング」
「……ん」
「あんた、まだ私のこと幻覚だと思う?」
「……思わない」
「私は誰?」
「トモコ」
「わかってるじゃない」
「すまん」
「本当にそう思ってる?」
「思ってる」
「何について」
「疑った」
「他には?」
「…………」
「ほ、か、に、は?」
「飯、食ってない」
「……。まあ、いいわ。似たようなものだし」
「トモコ」
「何? なんか声がすごく眠そうよ?」
「ああ、すごく……」
 智子は、深い深い、ため息をついた。
「なら、寝たら?」
「起きたら、お前がいないかもしれない」
「いるわよ」
「嘘だったら、死んでやる」
「そっちこそ、寝てる最中に死なないでよ。無駄足になっちゃうんだから」
 じゃあ、寝る。
 それは言葉になったかならないか。
 ビューリングは眠りに落ちていく。
「本当、バカなんだから」
 微かに見えた智子の顔は、笑っているようにも、泣いているようにも見えて。
 どちらか確かめようとして、ビューリングの意識は途切れた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

我儘に触れていたい


 彫刻にするなら、あの身体だ。
 彫刻など微塵の興味もないのに、シャーリーは勝手にそう思っていた。
 白く細く儚く柔らかく華奢で繊細で弾力に富んで滑らか。
 エロい身体だよなぁ。掌に収まる胸とか、細い腰とか、薄い肩とか、いろいろ含めて。
 あの身体を見る度に、むらむらと情欲が燻るのを感じずにはいられない。
 それだけではない。
 少年のような性格と、少女の理想のような身体のギャップも良い。触れているうちに、強がるのも忘れてウブな反応を返してくるのも良い。脱がせると、みるみるうちに白い身体が桃色に染まるのも良いし、裸を見られてかいた、薄い汗のにおいも格別にエロい。
 意識していないのだろうが、こちらの情欲のツボを一々突いてくるのだからたまらない。
 毎晩だって、寝室に連れ込んでヤりたい。
 ヤりたいことは色々ある。
 エロい服を着せかえたり、裸にひんむいて悪戯したり。ベッドに押し倒してセックスしたり、身体をくまなく舐めまわしたり。夜通し道具を使って泣かせたり、延々とキスしながら朝を迎えたり。時たま恋人の真似をしたり、首輪つけて手荒く扱ったり。
 全部が全部エロいことだけど、それがエイラとの関係だ。
 言っておくが、惚れているわけではない。
 お互い、好きな人は他にいる。
 だからこそ、なのだ、この関係は。
 未だ成就しない恋慕の情。
 募る一方の情欲が、二人に肉体だけの関係を持たせた。
 心の繋がりは、まったくと言って良いほどにない。
 どれだけ唇を重ねようと、どれだけ身体を交えようと、二人の気持ちはまったく動かず、戦友のままでしかなかった。
 大した関係ではないのだ。
 どちらかが、いや、恐らくはエイラが、思いを遂げたら終わりになる程度の関係である。
 しかしこの頃、シャーリーは思う。
 終わらせるのが惜しいと。
 意外と、寂しいのかもしれない。
 単純に、相性の良いセックスができる相手を失いたくないのかもしれない。
 もしくは、絶対に成就しない恋慕からの卑怯な逃げなのかもしれない。
 いずれにせよ、シャーリーの気持ちが最初から少しだけ変わっているのは、間違いようのない事実のようだった。
 当人は認めたくなかったが。

「……キスマークはやめろって」
 情事の後、裸で絡み合ったままのシャーリーを、無理矢理エイラは押し離した。
「サーニャにバレたらどうするんだよ」
「バレやしないって。あいつ、ネンネだろ?」
「し、知らねーよ!」
「ちょっと悪戯するだけだよ。いいだろ? 目立たないところにするからさ」
「駄目だって。ダーメ。こら、やめろって」
「……。そんなに嫌がることないだろ」
 恨みがましいシャーリーの視線を、エイラはさらりと受け流す。さっきまで泣きながら嫌々言って喘ぐだけだったのに、今は随分な落ち着きようだ。
「サーニャに見られなくても、ほかの奴に見られてバレるかもしんないだろ。そしたらお前も不味いんじゃないか? もし相手がお前だってバレたら、そっちだってオオゴトじゃないか」
「……そりゃ、そうだけどさ」
 渋々、シャーリーは身体を離した。
「何拗ねてるんだよ、キスマークくらいで」
 エイラが呆れたように呟く。
 キスマークくらい。
 ま、そうなんだけどさ。
 拒否されたらなんとなくもやっとするじゃん、何でもない事でも。
 シャーリーは溜息を付いた。
「お前だって私の胸吸いまくった癖に」
「なっ……!」
「赤ん坊みたいにさ」
「し、してな……、いや、したかもだけど、そんなには吸ってないし」
「あんなに強く吸ってさ。場所が場所だったら絶対痕残ってたなぁ」
 挑発的な笑みを浮かべたシャーリーは、まだ横になっているエイラを仰向けにさせ、その上に跨った。
「……もう一回やってよ」
「え。い、いや、もう今日は疲れたし……」
 顔を横に向けようとしたエイラの顔を、両手で無理やり押さえつける。
「どこでもいいからさ。ちょっと痕残してよ」
「は、はぁ……? いや、だからバレたら不味いって」
「私が気をつければいいんだろ? 問題ないよ。虫さされだって言い張るし」
「隠す気はねーのかよ……」
「だって暑いしなぁ」
 そう言って、シャーリーは汗でべたべたになった裸体を、エイラに押し付けた。
 胸がエイラの身体でに押し付けられ、形を変える。
 エイラがごくりと、喉を鳴らした。
 こいつ、絶対まだヤれるだろ。
「ここんとこにさ、頼むよ」
 首筋を、エイラの顔の前に差し出す。
「嫌だよ。目立つじゃん」
「平気だって」
「嫌だ」
 強情だな。
 シャーリーは再び恨みがましい視線を向けた。
「なんでそんなに嫌がるんだよ」
「なんでそんなにやらせたがるんだよ」
 別に深い理由はない。
 なんとなく、拒否られたから、意固地になっただけだ。
 それ以外に理由なんてない。
「ほら、そろそろどけよ。早くシャワー浴びないと、みんな起きてくるだろ」
 エイラはもう終わりだと言わんばかりに、シャーリーの下で身を捩った。
「それとも汗とか色々なニオイ混ざったままみんなの前に出る気かよ。一発でバレちゃうぞ」
 それもいいかな、と一瞬思ってしまう。
 とはいえ、それをやればエイラとこの関係を続けるのは無理になるだろうし。
「わかったよ、わかった」
 シャーリーは諦めて、身体を離した。
「まったく……」
 頭を掻きながら、半目でこちらを睨んでくる。
 非難するような視線。
 肩を竦めて受け流そうとしたシャーリーの顔が、エイラの両手にホールドされた。
「これで我慢しろよ」
 唇に、エイラの唇が触れ、一呼吸の間をおいて離れた。
「……なあ、エイラ」
「なんだよ」
「ムラッと来た。もう一回、もう一回だけ」
「はぁ!? やめろって! おい、おい!!」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

背中合わせのボーダーライン

背中合わせのボーダーライン


 国境があった。
 金網があり、塹壕があり、兵士がいた。
 雪があって、木があって、敵がいた。
 僕たちは、敵に銃を向けない。
 向けるのは、背中だった。
 僕たちの仕事は、”こちら側”の人を、”あちら側”へ行かせないこと。
 そして、”こちら側”に来た人を、出迎えることだった。


 彼女との初対面は、背中合わせだった。
「はじめまして」
 金網越しに背中をあわせて、彼女は僕へ、そう言った。
 僕は無言だった。
「あら、無視?」
「…………」
「それとも恥ずかしいのかしら。女の子に話しかけられるのが」
「……服務規程だよ」
 僕たちは、”あちら側”の人間と言葉をかわすのを禁止されている。
 スパイの横行や、情報の漏洩を防止するためだ。
 それは”あちら側”の人間だって同じ。
 僕はこの国境線に立ってそろそろ一年が経つけれど、”あちら側”の人と言葉を交わしたことは一度だってなかった。
「面倒よね」
 大げさにため息をつきながら、後ろの彼女は呟いた。
 僕は答えない。
 彼女は言葉を続ける。
「こんな国の端っこで手に入る情報なんて、大したものじゃないでしょうに」
 それについては、同感だ。
 だからといって君と話したいとは思わないけど。
「ねえ、知ってる?」
 知らないね。
「今”こちら側”の女の子はね、みんな髪を伸ばしているの」
 ブームってやつかな。
 ”こちら側”だとショートカットが流行っていると、慰問品に混ざっていた雑誌で読んだ。真逆だ。もっとも、送られてくる雑誌は半年遅れだったりしているから、情報は古くなっているんだろうな。
「私はね、つい先週こっちに来たばっかりだから、情報は新しいのよ」
 でも、どんどん遅れていって、任期が終わる頃にはきっと時代に取り残されて、どこの田舎者って目で見られるんでしょうね。
 寂しげに、彼女は呟いた。
「あーあ。戦争なんて大ッキライ」
 僕もだよ。
 会いたい人と会えなくて、会いたくもない女と、背中合わせに会っている。
 こんな状況、早く終わって欲しかった。

 二度目に会った時も、三度目にあった時も、彼女とは背中合わせだった。
「元気してた?」
 最初の時のたった一度だけしか言葉を交わしていないのに、彼女は年来の友人のように、僕に話しかけてくる。
 顔は、お互い知らないままだった。
「こないだね、ハイスクールで一緒だった子から、手紙が届いたわ」
 僕が話さなくても、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
 他愛のない、退屈な話だ。
「飼ってる猫が双子を生んだの。名前を中々決められないって、手紙の中で嘆いてた」
 猫か。
 僕も猫を飼っていた。
 一人暮らしを始めた時に飼い始めて、5年近い付き合いだ。
 ……と言っても、ここに配置されてから一年は、休暇を除いてほとんど会っていない。こちらに来る時、両親のもとに預けてきたからだ。
 彼、オス猫なので彼と呼ぶが、僕が飼い始めた次点で結構歳を重ねていた。
 今じゃすっかり老猫だ。
 病気をしていないだろうかと、時折思い出しては不安になる。
「写真も入っていたの。ちっちゃくて、ふわふわで、とても可愛かった。目なんかすごくくりくりしてて、宝石みたいなの。猫って、年をとると毛並みがごわごわして、顔もなんか険しくなっちゃうけど、子猫って本当に可愛い。天使ってああいう顔のことを言うのかしら」
 想像して、危うく噴出すところだった。
 ごまかすように、僕は咳払いをする。
 そんな毛深い天使は、ちょっと御免被りたい。
 まぁ、今いるような、雪で覆われた銀世界なら、ちょっといいかもしれないけれど。
「そんな天使なら、きっと、雪山で凍死した時に現れるに違いないわ」
 まったく同じ事を考えていたようで、彼女はそんなことを言い出した。
「あれ、でも、猫って寒さに弱いわよね……。どうするのかしら。仕事熱心だから、大丈夫……?」
 ひとりごとを呟きながら、本気で悩みだす彼女に、その時少しだけ、興味が湧いた。

 この日も、彼女とは顔を合わせなかった。
「ここに来て、今日で半年が経ったの」
 おめでとう。僕は一年半だ。
「任期が終わるまであと一年半よ。長いったらありやしない」
 一年半、という言葉に、僕は反応した。
 なぜなら、僕の任期も残り一年半。
 ”あちら側”の任期は、こちらより一年も短いらしい。
 初めて知る真実。そして衝撃の事実だった。
「半年でも長かったのに、もう一年半もいたらどうにかなっちゃう」
  既に一年半をココで過ごしている僕は、もしかしてどうにかなっているのか。
「この間休暇を貰ったの。そしたら、みんな髪を切ってた。私がこっちに来る前は伸ばしてた子も、みんな、みんなよ。なんか知らないうちに知らないことになってて、一緒にいるのに寂しい気分だった」
 一緒にいるのに寂しい。
 どきり、とした。
 今の状況、それにあてはまっていないだろうか。
 いや、付き合ってやる義理はないのだけど。
「そしてね、こないだ手紙をくれた友だちの家に行ったの。猫の双子が生まれたっていう子、覚えてる? 前に話したと思うんだけど」
 そしたらね。
 彼女は、急に声のトーンを落とした。
「二匹とも、死んじゃったんだって」
 今日は、やたらと彼女の言葉が胸に刺さるな。
 僕はこっそり、頬をかいた。
 猫が死んだ。
 そう言われて思い出したのは、両親から送られてきた手紙。
 彼、僕の愛猫が、この頃食事をあまり取らないという知らせ。
 今すぐにでも飛んで帰りたかったけれど、休暇はまだ先で、堪えざるを得なかった。
「身体がね、弱かったんだって」
 季節は夏に近づいていた。
 湿った空気が、顔に張り付いてくる。
 汗が流れるのは、決してその気候のせいだけじゃない。
「生き物って、簡単に死んじゃうよね」
 彼女はそう呟いたきり、無言になってしまった。

「私ね、両親がいないの」
 その日も、彼女の話題には脈絡がなかった。
「パパもママも、戦争で死んじゃったんだって」
 戦争っていうのは、多分十年前に終わったやつのことだろう。
 ”こちら側”と”あちら側”で、派手なのがあったと聞いている。
 僕は子どもだったからよく覚えていないけど、こうして国境線に立たされている今の立場を考えると、十分そのアオリを受けていると言っていい。
「施設で育って、奨学金とかもらいながらなんとかハイスクールを卒業して、すぐに軍隊に志願したの。お金がなくて。でも、そしたら今度は使う時間がなくなっちゃった」
 それは、わかる。
 僕達も金は会っても使う機会がない。
 非番の時に近くの街に出かけて酒場で管を巻くか、あるいはポーカーで負けるか。
 両親への仕送りをしなければ、きっと使い切ることはないに違いない。
「そしたら、なんだかね。友だちとも話が合わなくなっちゃって。それはそうよね。みんなまだ学生やってたりするもの。そんな中に一人毎日のように銃を担いで金網の前に立ってるのが混ざったら、それは確かに異質よね。わかってる、それはわかってるんだけど。でも、ね」
 彼女は一度、言葉を切った。
「帰る度に寂しくなってって、居場所はここにないんだって思えるようになって。私、何のためにここに立ってるんだろって、そう思っちゃうのね」
 まあ、分からないでもない。
 僕は両親が健在だし、軍隊に友人もいる。
 だから決して寂しくはないのだけど、時折、疎外感を感じることはあった。
 それが、彼女にとってはずっと続いているということだろう。
「私、会ってみたい人がいる」
 また、いきなり話が変わった。
「私、行ってみたいところがある」
 声には、決意が込められていた。
「未練も、ないしね」
 まるで、自殺する前の決意表明だな。
 意地悪なことを、僕は考えていた。

 唐突に、銃声が響いた。
 僕はベッドから跳ね起きると、即座に着替えて飛び出した。
 右手には、背負いなれたライフル。
 いつでも安全装置を外せるように、身構えながら駆けていく。
 昼よりも明るく照らしだされた金網。
 僕が駆けつけた時には、全部終わっていた。
 眼の前に横たわっているのは、見覚えのない、きっと”あちら側”の軍服を来た、亜麻色の髪の少女。
 胸から血を流して、彼女は息絶えていた。
 きっと、これが僕と彼女のはじめまして。
 そして、さよならだった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

萩原間九郎

Author:萩原間九郎
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