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金の花-3

三、
 鐘河に至った一行は邑主直々に出迎えられ、意外な歓待を受けた。
 手入れの行き届いた屋敷を宿舎として提供され、歓待の宴は三夜にわたって行われた。
 無論、罠であることは疑いようがない。だがそれがどのような罠であるかまったく掴めない。一刻も早く鐘河を出るべきであるが、あの手この手で引き止められ、宿舎には監視の目が光っている。
 一行は心を休める余裕もないまま無為に時を過ごした。
 鐘河に逗留して十日がたったその日、秘かに報せがもたらされた。
「明晩の宴にて、公子遼とその一行を殺す」
 もたらしたのは、邑主の妹である金明である。
 金明は女でありながら武芸に長け、二〇を超えたばかりの年齢で、すでにいくつもの武功を立てていた。
「兄はこの十日で花陵方面に指令を飛ばし、兵による封鎖をしています。確実に公子のお命を奪うため、時を置いたのです」
「抜け目がないな。これでは嬰都へ戻るしかない…」
「本来は鐘河にたどり着かせることなく、道中に兵を伏せて襲う計画でした。それが突然鐘河に現れたのです。兄は慌てて兵を呼び戻したのですよ」
「そのための十日か。ご苦労なことだ」
「命を狙われれば真っ先に逃げると考えていたのですが。そこで敢えて迂路を取られるとは…流石です」
「義兄の考えよ。私一人では公子をお守りすることはできん」
 兄の金襲は宰相の狗だが、この金明は信用できる。金明ほど剛直な者は男にもそうはいない。黄家と金家は昔から交流があり、黄鮑は幼い頃から金明を知っていた。
「明日、私は兄を斬ります」
 決然と言ってのけた金明の目には、強い光がある。それが兄の卑怯を許さないということなのか、正義を行うという決意なのか、それとも他に意があるのか。それはわからない。邪悪なものはない、それだけが黄鮑に伝わってきた。
二、三段取りを確認した後金明は準備があるといって宿舎を辞し、入れ替わるようにして師諷が入ってきた。
「本当に毒殺はないのだな」
「毒であれば、師諷殿であろうと守りようがないからな。その点に関しては金明が保証した。大丈夫であろう」
毒が手に入らなかったというのだ。少量で確実に殺せるような毒薬は希少であり、さらに食事や酒に混ぜても気づかれないものとなれば非常に値が張る。じわじわと何年もかけて殺すのであれば別だが、そのような事情もあって毒殺は暗殺の手段としてはそれほど多く使われてはいない。
「となると、兵を伏せているという事になる。金明殿が金襲を斬るにせよ、それは兵らが公子を襲った後でなければただの殺しで終わる。義挙とするにはわしと栄とで公子をお守りせねばならん」
 師諷はため息混じりにそう言った。
 ただでさえ、武芸の心得がない公子を多数の兵から守るのは難しい。それに加えて、宴の場に従者が武器を携えて入ることは許されないのである。
「流石に、素手では無理だ。黄鮑よ、おぬしが任せろと言ったことじゃ。策はあるのじゃろうな」
「安心めされよ」
 そういって黄鮑は耳打ちをした。
 こうして策謀で満ちた宴が始まったのだった。
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金の花-2

二、
 年が明けた。
 師諷と師栄は共に黄鮑に匿われているが、その黄鮑の立場が微妙なものとなっている。
 経緯はこうだ。
 嬰公はまだ齢四十に満たない壮年の君主だったが、彼には子が一人しかおらず、それも庶子であるという事もあって後継と定められていなかった。嬰公の年齢が年齢であり、病気らしい病気もしたことがないだけに、その問題は先送りにされていたのである。
 しかし、前年の暮れにその嬰公が急死した。当然後継を決めねばならないが、その候補として挙げられたのが、先君の弟である公子済と先君の子である公子遼である。
 公子済は宰相の起良と組み、士からの後押しもあって瞬く間に人臣の支持を取り付けていった。その手並みは予め用意されていたのではないか、と思えるほど素早く、瞬く間に公子遼の味方は彼の傅(教育係)である黄鮑だけとなってしまった。
 公子遼にしてみれば君主になどならなくても良いが、公子済の残忍さは嫌というほど知っている。どうにか命を全うしたい。そういって黄鮑に泣きついたわけだが、黄鮑も味方といえるのは師諷ぐらいのものであり、頭を抱えていたのだった。
「まずは、公子を嬰都からお出しするべきだ」
 師諷はそう答えた。
「都のいる限り、周りは敵だらけじゃ。公子の食邑の方がお守りしやすい」
「だが師諷殿、それでは公子が国君の継承権を放棄したことに…」
「どの道、今のままでは国君の座には着けまいよ。逃れて再起を期する方がよほど成算があろう」
 黄鮑はうなだれた。庶子であり、常に冷たい目に晒されてきた公子遼を、彼はずっと見守ってきたのである。その公子遼が、ようやく日の当たる所へ出られようというところで、また逆風が吹き始めた。それどころか命すら狙われている。まだ十六の、少年とも言える年齢の公子を思うと、黄鮑は不憫でならなかった。
「のう黄鮑。お主の気持ちはわかる。だが、まずは公子をお守りするところから始めようではないか。嬰君の崩御は何か臭う。希望が無いとは言えまいよ」
 師諷の慰めに、黄鮑は無言で頷いた。
 翌日、黄鮑は公子遼と面会し、食邑である花陵への脱出を決めた。
 公子遼は宰相や大臣の集う会議に呼ばれていたが、病気を理由に欠席、そのまま療養のため食邑へ戻ると伝えた。
 これを聞いて狂喜したのは公子済である。
 彼からすれば、先君が身罷ってすぐにただ一人の子が死ねば、疑惑は自分に降りかかる。それ故公子遼の扱いを苦慮していたのだが、自ら国君の継承権を放棄するという。
「遼公子に見舞いの品をやれ。それなりのものを選べよ。国君の位をくれるというのだからな」
 家人にそう言いつけて、彼は高らかに笑った。
 公子遼は開放された気分で都を出た。道中、常にその両側は師諷・師栄の父子が固めている。道は極力邑を避け、開けた土地に野宿した。殆どの邑は宰相を抱き込んだ公子済に帰順しているだろう。護衛を申し出る所はあったが、すべてを拒絶した。目的の花陵へはかなり遠回りになるが、それもやむをえないことだった。
 嬰都を進発して三日がたった晩、焚き火に当たる師諷の前に師栄が座った。
「父上、よく公子済は都を出ることを許可したものです。普通に考えれば、都に置いておいたほうが監視も容易ですし、食邑へ戻れば兵を挙げることも考えられましょうに」
「それ故病といって都を出たのじゃ。他の理由ならばまず許可されまい。都から遠くなればなるほど、死因はこじつけやすい」
「つまり、死因を病という事にして暗殺を…?」
「無論、挙兵されても簡単に鎮圧できるという自身もあるのであろう」
「それでは、こちらから暗殺の口実を与えたことになるではありませんか」
「わしとお前なら大抵の者は返り討ちに出来ようよ。暗殺は大人数で行うわけにはいかんからの。怖いのは都にあって何か口実を与えてしまい、それを理由に軍で攻められることじゃ。人数で押されればどうしようもあるまい」
「ですが…」
「もっとも危ないのは道中じゃ。気を引き締めてかかれ」
「はっ」
 師諷はこの息子の腕についてなんの不安も抱いてはいない。確かに目は殆ど見えないが、他の五感のすべてが人並みはずれて鋭く、武芸の腕も今の師諷では到底敵わない。
「師諷殿、よろしいか」
 黄鮑であった。師栄はそれとなく席を立った。
「この先邑をすべて迂回するにせよ、花陵に着くためには鐘河か金陵を通らねばならん」
「他に道は無いのか?」
「無い。どちらも山間に作られておる。元は東方にあった国に備えて建設された要塞なのだ。それを数代前に打ち滅ぼしたゆえ、今ではそれほどの備えはないが…」
「どちらも信用できんのか?」
「鐘河の主が前の代であれば良かった。今の代は宰相の犬じゃな」
「金陵は?」
「起良の食邑だ」
「ならば、お主の口八丁で鐘河を通り抜けるほかあるまい。影武者の人選もしておけ」
 師諷の一言に、黄鮑はうつむいた。
ここまで師諷と師栄は、公子遼の馬車の隣で堂々と護衛を勤めてきた。常に公子遼の傍らには堂々たる武勇の士が控えている、公子済の勢力にはそう知られているであろう。二人が死ぬまで戦い通せば、それが影武者とは疑われないに違いない。つまり、いざとなれば師諷は師栄と共に死ぬつもりなのだ。
自分を頼ってきた義兄を殺すのか。一層俯いた黄鮑を、師諷は慰めた。
「何もまだ最悪の状況に陥ると決まったわけではあるまい。それにの、息子はまだ魏がおることじゃし。後嗣を絶やさぬよう、お主が世話してくれると信じておるよ」
 黄鮑は応えない。陰になって見えないが、泣いているのかもしれない。優しすぎる、師諷がいつも思っていることだった。
 宵闇の静寂に、薪の爆ぜる音だけが響いていた。

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こっちにまとめちゃおうかな…

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金の花-1

一、
 焼け付くような太陽が沈み、静かに虫の鳴く夜道。そこを散歩するかのように歩く二人組があった。
 一人は白髪の老人。名を師諷という。齢は六十を目前としながらも体躯に衰えは見られず、理性を感じさせるその深い目と合わさって、常人には感じられない威風をたたえている。
 隣を歩く男は師栄といい、師諷の長男である。長剣を杖のようにして歩くこの男は、極度の近視である。間近のものすらほとんど見えないが、障害物を少しの隙もなく避け、夕食にと野生の兎など捕らえてくる。まだ三十にもならぬ若さでありながら、武を極めたというのもうなずける話である。
 どちらも只者でないことは容易に知れるが、二人はそれを気にする様子も無い。慌てるよりも、平常心で事を運ぶ方が安全であると知っているからだ。
「魏を出しておいたのは正解だったのう」
 師諷が口を開いた。
 魏というのは、次男の師魏のことである。丁度一年前、隣国の嬰へと留学させたのだった。
 当時で言えば、敵国以外の国と人を行き来させるのはごく普通のことである。それによって他国の内情を知ることも、違った文化から学ぶことも出来る。それ故にどこの国も頻繁に人をやり、若干眉をしかめつつも受け入れる。
 その時流に乗ったといえば乗ったのだが、師魏の留学には少し入り組んだ事情があった。
「士では大騒ぎでしょう。卿(大臣)が突如失踪したのですから」
「命あってこそじゃ。魏は親のわしが見ても苛立たしくなるほど、真っ直ぐな男じゃからな。あやつがおれば此度の出奔には猛反対したじゃろう。命は主たる士公に委ねるべし、とな」
「まあ、師家が士の名家となっている以上、大恩を受けているのはその通りですが」
「先代のご恩に報いれぬのは心苦しい。じゃが、今の士公は楊賜の言いなりよ」
 士とは、二人の出身の国である。
 師諷は先代士公の頃より士に仕え、様々な武勲を挙げてきた。その功績もあって卿、つまりは大臣の位についていたのである。
 士には、士の五卿といって内政、外交、軍事、公室をそれぞれ担当する卿と、それを統括する上卿の五つが伝統的に設けられている。話に出てきた楊賜は上卿であり、師諷にとっては上司に当たる。
「あれで、楊賜も昔はいい男であった。先君が身罷られてから人が変わってしまったがの。士の五卿で放逐されたものが一人、殺されたものが一人。わしもこうして出奔せざるを得なくなった。何をするつもりなのやら…」
 嘆くように語る師諷の目は、日ごろの溢れるような精気が感じられない。そこにあるのは、過去を懐かしむ老人の目であった。
 師栄は答えない。彼は老父の生きた、良き時代の士を知らない。答えようも無かった。
 互いに異なった虚しさを抱え、歩き続ける彼らの目指す土地は、師魏もいる嬰の地である。言わば亡命だが、嬰も後継者問題のこじれから、内乱に向かいつつあるという。
 師魏も含めたこの親子には、血にまみれた道しか残されていなかった。

 そこからさかのぼること半年、師魏は山中にあった。
思えば、嬰に留学してからというものすべてが新鮮だった。祖国を出、見知らぬ土地に来た師魏は、学べることを逃すまいと貪欲に歩き回った。
 伯父である黄鮑の紹介で、嬰ではかなりの地位にある人物とも面会できたし、街の酒場に入れば様々な人間から話を聞くことが出来た。
 李雲という、異民族の青年と会うことが出来たのもそのおかげである。
 李雲とは最初から気が合った。何度か馴染みの酒場で話すうち、自分が嬰と士の国境にある、五両山の出身であることを教えられた。そこには甥蛮という少数の異民族がおり、李雲もその一人なのだという。
 師魏は興味を持った。自分の知らぬ土地の文化や人のなんと面白いことか。新しい物を見るたびに、新しい出会いがあるたびに成長できる気がしている。一度来てみないかと誘われるや、二つ返事で承諾した。
 師魏の甥蛮に旅したいという申し出に黄鮑は眉をしかめた。
「お前の兄は眼を患い、師諷殿の跡を継ぐことは出来ぬ。となれば次の師家の当主は師魏、お前しかおらぬ。預かった私の責任もあるのだ、頼むから危ないことはしてくれるな」
 責任を引き合いに出して渋ったが、この伯父が本当に自分の身を案じてくれているのだということぐらい、師魏にはわかる。だが、どうしても行きたかった。一月もの間必死で頼み込み、なんとか根負けさせる形で承諾させた。
 李雲が甥蛮の者しか知らない道を教えてくれたため、集落へたどり着くのは難しくなく、五両山の風景を楽しむ余裕すらあった。
 丸一日かけて集落にたどり着くと、李雲の紹介もあってか暖かく迎えられた。ささやかながら歓迎の宴も催され、師魏は楽しい一日を過ごした。
 その晩。
「李雲、甥蛮というのはいったいなんなんだ?」
 師魏は李雲と二人だけになると、おもむろに言った。
「なんだ、とは何だ。随分な言い草じゃないか」
「皆、訛りがばらばらだ。服装もあちこちの国のものが見られるし、何よりも教養のある人が多い。とても蛮族という呼び名には似つかわしくない」
「ほう。たった一日でそれだけ見たのか」
「思えば、君も不思議と教養があった。そもそも士にいた頃から甥蛮という蛮族の話は聞いたことがない」
「つつましく暮らしてるだけさ」
李雲はとぼけた。
師魏としてはそこに納得がいかない。成り立ちを隠すという事は、後ろ暗い過去があるという事である。だが、そうだとすれば自分がここへ連れられてきたことに得心がいかない。
「李雲、頼むから教えてくれないか。興味があるんだ」
「なに、しばらく滞在するんだろう。そのうち話すさ」
 師魏はため息で答えた。

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こっちの方が見やすかったりするのかしら…


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