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背中合わせのボーダーライン

背中合わせのボーダーライン


 国境があった。
 金網があり、塹壕があり、兵士がいた。
 雪があって、木があって、敵がいた。
 僕たちは、敵に銃を向けない。
 向けるのは、背中だった。
 僕たちの仕事は、”こちら側”の人を、”あちら側”へ行かせないこと。
 そして、”こちら側”に来た人を、出迎えることだった。


 彼女との初対面は、背中合わせだった。
「はじめまして」
 金網越しに背中をあわせて、彼女は僕へ、そう言った。
 僕は無言だった。
「あら、無視?」
「…………」
「それとも恥ずかしいのかしら。女の子に話しかけられるのが」
「……服務規程だよ」
 僕たちは、”あちら側”の人間と言葉をかわすのを禁止されている。
 スパイの横行や、情報の漏洩を防止するためだ。
 それは”あちら側”の人間だって同じ。
 僕はこの国境線に立ってそろそろ一年が経つけれど、”あちら側”の人と言葉を交わしたことは一度だってなかった。
「面倒よね」
 大げさにため息をつきながら、後ろの彼女は呟いた。
 僕は答えない。
 彼女は言葉を続ける。
「こんな国の端っこで手に入る情報なんて、大したものじゃないでしょうに」
 それについては、同感だ。
 だからといって君と話したいとは思わないけど。
「ねえ、知ってる?」
 知らないね。
「今”こちら側”の女の子はね、みんな髪を伸ばしているの」
 ブームってやつかな。
 ”こちら側”だとショートカットが流行っていると、慰問品に混ざっていた雑誌で読んだ。真逆だ。もっとも、送られてくる雑誌は半年遅れだったりしているから、情報は古くなっているんだろうな。
「私はね、つい先週こっちに来たばっかりだから、情報は新しいのよ」
 でも、どんどん遅れていって、任期が終わる頃にはきっと時代に取り残されて、どこの田舎者って目で見られるんでしょうね。
 寂しげに、彼女は呟いた。
「あーあ。戦争なんて大ッキライ」
 僕もだよ。
 会いたい人と会えなくて、会いたくもない女と、背中合わせに会っている。
 こんな状況、早く終わって欲しかった。

 二度目に会った時も、三度目にあった時も、彼女とは背中合わせだった。
「元気してた?」
 最初の時のたった一度だけしか言葉を交わしていないのに、彼女は年来の友人のように、僕に話しかけてくる。
 顔は、お互い知らないままだった。
「こないだね、ハイスクールで一緒だった子から、手紙が届いたわ」
 僕が話さなくても、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
 他愛のない、退屈な話だ。
「飼ってる猫が双子を生んだの。名前を中々決められないって、手紙の中で嘆いてた」
 猫か。
 僕も猫を飼っていた。
 一人暮らしを始めた時に飼い始めて、5年近い付き合いだ。
 ……と言っても、ここに配置されてから一年は、休暇を除いてほとんど会っていない。こちらに来る時、両親のもとに預けてきたからだ。
 彼、オス猫なので彼と呼ぶが、僕が飼い始めた次点で結構歳を重ねていた。
 今じゃすっかり老猫だ。
 病気をしていないだろうかと、時折思い出しては不安になる。
「写真も入っていたの。ちっちゃくて、ふわふわで、とても可愛かった。目なんかすごくくりくりしてて、宝石みたいなの。猫って、年をとると毛並みがごわごわして、顔もなんか険しくなっちゃうけど、子猫って本当に可愛い。天使ってああいう顔のことを言うのかしら」
 想像して、危うく噴出すところだった。
 ごまかすように、僕は咳払いをする。
 そんな毛深い天使は、ちょっと御免被りたい。
 まぁ、今いるような、雪で覆われた銀世界なら、ちょっといいかもしれないけれど。
「そんな天使なら、きっと、雪山で凍死した時に現れるに違いないわ」
 まったく同じ事を考えていたようで、彼女はそんなことを言い出した。
「あれ、でも、猫って寒さに弱いわよね……。どうするのかしら。仕事熱心だから、大丈夫……?」
 ひとりごとを呟きながら、本気で悩みだす彼女に、その時少しだけ、興味が湧いた。

 この日も、彼女とは顔を合わせなかった。
「ここに来て、今日で半年が経ったの」
 おめでとう。僕は一年半だ。
「任期が終わるまであと一年半よ。長いったらありやしない」
 一年半、という言葉に、僕は反応した。
 なぜなら、僕の任期も残り一年半。
 ”あちら側”の任期は、こちらより一年も短いらしい。
 初めて知る真実。そして衝撃の事実だった。
「半年でも長かったのに、もう一年半もいたらどうにかなっちゃう」
  既に一年半をココで過ごしている僕は、もしかしてどうにかなっているのか。
「この間休暇を貰ったの。そしたら、みんな髪を切ってた。私がこっちに来る前は伸ばしてた子も、みんな、みんなよ。なんか知らないうちに知らないことになってて、一緒にいるのに寂しい気分だった」
 一緒にいるのに寂しい。
 どきり、とした。
 今の状況、それにあてはまっていないだろうか。
 いや、付き合ってやる義理はないのだけど。
「そしてね、こないだ手紙をくれた友だちの家に行ったの。猫の双子が生まれたっていう子、覚えてる? 前に話したと思うんだけど」
 そしたらね。
 彼女は、急に声のトーンを落とした。
「二匹とも、死んじゃったんだって」
 今日は、やたらと彼女の言葉が胸に刺さるな。
 僕はこっそり、頬をかいた。
 猫が死んだ。
 そう言われて思い出したのは、両親から送られてきた手紙。
 彼、僕の愛猫が、この頃食事をあまり取らないという知らせ。
 今すぐにでも飛んで帰りたかったけれど、休暇はまだ先で、堪えざるを得なかった。
「身体がね、弱かったんだって」
 季節は夏に近づいていた。
 湿った空気が、顔に張り付いてくる。
 汗が流れるのは、決してその気候のせいだけじゃない。
「生き物って、簡単に死んじゃうよね」
 彼女はそう呟いたきり、無言になってしまった。

「私ね、両親がいないの」
 その日も、彼女の話題には脈絡がなかった。
「パパもママも、戦争で死んじゃったんだって」
 戦争っていうのは、多分十年前に終わったやつのことだろう。
 ”こちら側”と”あちら側”で、派手なのがあったと聞いている。
 僕は子どもだったからよく覚えていないけど、こうして国境線に立たされている今の立場を考えると、十分そのアオリを受けていると言っていい。
「施設で育って、奨学金とかもらいながらなんとかハイスクールを卒業して、すぐに軍隊に志願したの。お金がなくて。でも、そしたら今度は使う時間がなくなっちゃった」
 それは、わかる。
 僕達も金は会っても使う機会がない。
 非番の時に近くの街に出かけて酒場で管を巻くか、あるいはポーカーで負けるか。
 両親への仕送りをしなければ、きっと使い切ることはないに違いない。
「そしたら、なんだかね。友だちとも話が合わなくなっちゃって。それはそうよね。みんなまだ学生やってたりするもの。そんな中に一人毎日のように銃を担いで金網の前に立ってるのが混ざったら、それは確かに異質よね。わかってる、それはわかってるんだけど。でも、ね」
 彼女は一度、言葉を切った。
「帰る度に寂しくなってって、居場所はここにないんだって思えるようになって。私、何のためにここに立ってるんだろって、そう思っちゃうのね」
 まあ、分からないでもない。
 僕は両親が健在だし、軍隊に友人もいる。
 だから決して寂しくはないのだけど、時折、疎外感を感じることはあった。
 それが、彼女にとってはずっと続いているということだろう。
「私、会ってみたい人がいる」
 また、いきなり話が変わった。
「私、行ってみたいところがある」
 声には、決意が込められていた。
「未練も、ないしね」
 まるで、自殺する前の決意表明だな。
 意地悪なことを、僕は考えていた。

 唐突に、銃声が響いた。
 僕はベッドから跳ね起きると、即座に着替えて飛び出した。
 右手には、背負いなれたライフル。
 いつでも安全装置を外せるように、身構えながら駆けていく。
 昼よりも明るく照らしだされた金網。
 僕が駆けつけた時には、全部終わっていた。
 眼の前に横たわっているのは、見覚えのない、きっと”あちら側”の軍服を来た、亜麻色の髪の少女。
 胸から血を流して、彼女は息絶えていた。
 きっと、これが僕と彼女のはじめまして。
 そして、さよならだった。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

虎を飼う気持ち(企画:百合でキス22箇所)


 昔から、虎を飼う大富豪の気持ちがわからなかった。
 だって、危ないじゃないか。
 なんかじゃれつかれただけでも殺されそうだし、そもそもほんとに懐いてるかどうかなんてわからない。気がついたら頭をがぶり、なんてことだって、ありえるわけだ。所詮は畜生、何を考えてるかなんてわかりはしない。
 まあ、大富豪の知り合いなんていないから、ほんとに虎を飼ってるかなんて、知りはしないのだけど。庶民的な親戚の中で一番景気のいいおじさんだって、精々が市議会の議員止まり。うちの父親に至っては公務員だ。……別に、公務員をバカにしてるわけじゃない。中流階級の象徴みたいなものだから、対比に出してみただけ。
 ともかく、私のようなド中流の感覚と、大富豪の感覚とでは全然世界が違って見えるわけだ。
 まったく理解が及ばない。
 しようという気になっても、どうにもならない。
 だから。
「福島さん、私と付き合ってください!」
 そう言われて、私は非常に困ってしまった。

 一八〇センチにも届こうかという巨体。
 金色に染めた固そうなベリショの髪。
 切れ長の目と、高い鼻、そして大きな声。
 部活中に抜け出してきたらしく、バスケ部のユニフォームを来たまま顔を赤らめたこの女から、同性の私が告白を受けたのは、夏休みを目の前にした、終業式の日の夕方だった。
「すみません、高城先輩。仰ってる意味がよく……」
 二五センチ近い身長差があるため、私は高城を見上げることになった。
 屈辱的だ……。
 高城は一個上のいわゆる先輩だが、心の中でまで先輩をつけて敬ってやる気にはならない。
 中学あたりから唐突に厳しくなる上下関係に、表向き適応してはいるけれども、内心ではスポーツバカというやつを、先輩後輩関係なく大いに馬鹿にしていた。
「いや、その、私の彼女になってくれないかって、そういうことなんだけど」
 もじもじと巨体を揺らす高城。
 まったく可愛げがない。
 格好良いとか、美人だとか、周囲では高城をそう評する声がある一方、私が持っている印象は、まったく別のものだった。
 猛獣。
 もしくは、虎女。
 威圧感のある外見といい、活発過ぎる性格といい、ぴったりだと私は思う。
 苦手だし、ちょっと怖い。
 友人としても出来れば遠慮したいタイプだ。
 それが、カノジョ?
 絶対にノーだ。
「すみません、私、女性と付き合うのはちょっと……」
「う……っ」
 拗ねたように私を見る高城。
「ですけど先輩なら考えなくもないというかなんというか……」
 その視線が怖くて、私はあっというまに前言を翻してしまった。
 馬鹿! 私の馬鹿!
「ほ、本当!?」
 高城は過剰に反応して、私の肩に掴みかかった。
 ぎゅっと握られたところが痛い。
 一体握力何キロあるんだ? 骨が折れるかと思った。
「え、ええ、まあ、考えるだけ……」
 必死に顔を背けながら、言葉を濁す。
 高城の目はぎらぎらと猛獣じみた光を放っていて、とてもじゃないが視線を合わせられない。
 怖すぎる。
「返事もらえるまで、待つから」
 そう言いつつ、高城は手を離さない。
 何が何でもこの場で返事を言わせるつもりなのだ。
 私の進退は極まった。
 さっき弱気になってあんなことを言った私を呪いたい。
「え、ええと……」
 なんと答えたものか。
 なんと断ったものか。
 高城の、顔が近い。
 虎の口に頭を突っ込んだような気分だ。
 そんな状況で妙案など浮かぶはずもなく、誰か来てくれないかなぁ、などと他人任せな考えばかりが去来する。
 ああ、もう、やだ!
 全部放り出して逃げたいが、高城の瞬足から逃れられるはずもなく、そもそも肩をつかむ手すらふりほどけないのだから、手詰まりだ。
 こんな状況でうまく断る方法があるなら、是非教えてほしい。十万までなら出すから。
 そんな私に、ついに痺れを切らせたのか、高城が口を開いた。
「ねえ、考えるってことは、私に脈があるってことだよね」
「え、ええ、まあ……」
「なら、ちょっと強引に、私のものにしていい?」
 と、とんでもないことを言い出した……。
「そ、そういうのは……」
 私は蚊の鳴くような声を出すのが精一杯だった。
 やばい。
 本気で怖い。
 膝が震えているのがわかる。
 今高城が手を離したら、私は地面にへたり込んでしまうだろう。
 高城の顔が近づいて来る。
 私はぎゅっと、目をつぶった。
 肩から手が離れ、変わりに私を抱きしめる。
 流行りの制汗スプレーの匂いがした。
 顔に、手がかかり、上を向かされた。
 何をされるかわからなくて、瞼にさらに力が入る。
 喉に、柔らかな感触。
 抱きしめていた腕が、解かれた。
「え……」
 ぺたり、と地面にへたり込む私。
「……ごめん」
 恐る恐る見上げた先で、高城は気まずそうに、視線をそらしていた。
「本当は、キスしようと思ったんだけど」
 背筋を冷たいものが伝った。
 あの状況でキスは強姦に等しくはないか……。
「でも、ごめん、その、なんかいきなりはだめかなって、その、喉の方に、ちょっと、しただけだから」
 え。
 え、ええ?
 されたの?
 喉とはいえ、キス?
「おでこは、なんか気恥ずかしかったし、喉ならいいかなって……」
 いや、まったく基準がわからない。
 それ以上にテンパった頭が状況を理解してくれない。
「返事、後でまた聞きにくるから」
「え、ちょっ、ちょっと……!?」
 そうしている間に、高城は身を翻して駆け去った。
 自分からやっておきながら、耳まで真っ赤になっていたのが、妙に印象的だった。

 後々、私はキスする部位に意味があることを知った。
 雑誌のコラムに載っていたのだが、喉にキスした場合は欲求を意味するらしい。
 高城は、それを知らずに喉にキスしてきたのだろうが、欲求というあたり、妙に野性味があるというか、獣じみているというか、高城らしいと言う気がした。
 次に答えを聞きに来たとき、教えてやろうか。
 答えすら決まっていないのに、なんとなく、それを楽しみにする私がいた。


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

久しぶりだねウィルバー・パーク君

死の際で、僕は全てを諦めた。
17年間心の奥底から望み続けた、自由な日々も。幼馴染の女錬金術師に抱いていた、仄かな恋心も。友達という存在への、淡い憧れも。いつか旅に出るんだという、眩しい目標も。全部、全部。ひとつ残らず捨て去った。
ただひとつ。
せめて、苦しまないように、痛くないように、殺してください。
その願いだけを、残して。

「お目覚めかい」
気が付くと、暗く湿った地下室に、仰向けに寝かされていた。
天井から吊るされたランプが、偏屈な幼なじみの顔を照らしている。
起きてまず彼女の顔を拝めたのはこの上ない幸せなのだが、この部屋だけはいただけない。
折角の目覚めを台無しにしている。
「亞…阿……吁」
どうしたことだろう。
声が出ない。
「ああ、無理するな。まだ馴染んでいないのだろうさ」
馴染んでいない?
当然、質問は返せない。
喋れないだけでなく、全身が動かないらしい。
身体の内側から蝋で固められたような。あるいは、筋肉を針金と交換されてしまったような。
唯一自由になる目で、僕は状況の説明を求めた。
それはもう、必死に。
「ふふ…どうやら聞きたいようだね?私の…そう、崇高にして偉大、至高で孤高で偉大なる天才錬金術師、カトレア・メディ・エルゼベルトの奥義を!!」
違う、そうじゃない…!
というか、今偉大って二回言ったぞ。
「細かい事は後にしたまえ、ウィルバー・パーク君」
そう言って彼女、カトレアは心底落胆した表情を浮かべる。
僕は悪くない……はずなんだが。
「とにかく、だ。今の状況で君に語った所で、すべては理解できまい。状況が突飛であるというか、凡族がいくら生まれ変わろうと到底到達出来ない境地に達してしまったというか。いや、少しばかり脳を腐らせてしまったというのもあるが……そこは許容範囲内だ、問題はない。待ちたまえ。そんな目をこの私に向けるんじゃない。天から授かった私の才能は君を救い、それから世界を救うに足るものだ。む、なにを言っているかわからないという目に変わったな。さもあらん。今の状況で君に語った所で、すべては理解できまい。状況が突飛であるというか……」
勿体つけるあまり、話がループし始めた。
暗く湿ったカビ臭い地下室に寝かされ、さらに身体が全く動かない状態でひたすら同じ内容を繰り返される。これは一体、何の拷問だろう。
状況的に聞かざるを得ないのだが、このままでは精神が崩壊しそうだ。
防衛本能よ、僕を助けてくれ……。もう頼れるのは自分に備わった本能しかない……。
「あ、こら。寝るんじゃない。目覚めさせるのにどれほどの時間がかかったと思っている。三年、そう、三年だ。この天下の大才の貴重な三年間を費やしたんだ。確実に目が覚めるという保証が出来るまで、絶対に眠らせん」
カトレアは注射器を取り出して無造作に僕へと突き立てた。
何故か痛みは感じなかったし、眼球以外は毛ほども動かす事が出来ないので、何所に突き立てられたのかはわからなかった。
「そうだな、ええと……端的に状況を教えてやる。オマエ、死ンダ。ワタシ、オマエ、生キ返ラセタ」
言い辛いことを言う時、カトレアは片言になる。
昔からの癖だ。
少しばかり、懐かしいきぶ、ん、に……?
「混乱しているな。無理も無い。だが、思い出してみろ。私の天才的な頭脳を。そして、お前の容量の足りない可哀想な頭に眠っている死の際の記憶を」
何か、余計な事まで言われているが、しかし、シーンが、なにか、絵のような、えが、あたまにやきついた、あたまのえが、えが、え、え、え、フラッシュバック、スライドして、かみしばい。にんぎゃうげき。
食事。牢屋に繋がれてから、いちばんおいしかた、ですですす。ろおや、がしゃー。あきます。はいてきたおじさん、なか良くなって、よく話した牢番が「じゃあな。スコット」僕の名前を呼ばんでお別れを言ってくれた。外に出されて、久々に日の光を肌にあびひひるかり。ひといぱいで、つみきがおっきい。たくさん。たくさんのおっきいこえがおじさんだした。ぼく、ぼぼぼ、しょ刑台の階段を、一段一段踏みしめて、跪いた。高い所にある処刑台は見晴らしが良かった。青かった。そらが。
「おい!」
目眩がする。
「戻ってこい!」
いたい。いたくないはずなのに、いたい。
「ああ……失敗か……」
ぼく、スコット。スコット・ラーケン。
「やっぱり、彼の記憶を与えたところで、混ざってしまう……」
すこットです。よろしく。よろしく。スコット。ぼく。
「否否否否……こんなところで諦めてたまるか……私は天才だ……。たかが最初の一体をしくじっただけじゃないか……。次こそは、次こそは彼の記憶に身体を与えてみせる。ああ、そうだとも。よし……そうと決まれば、新しい死体を確保しにいかねば……」
スコットです!よろしく!






夏の原稿があまりにも進まないので気晴らしをば…


雨の中の決闘



いつぞや友人と出しあったお題をようやく書き終えました

締め切り?

1ヶ月半オーバーしましたよ!

ちょっと長めですが、原稿用紙だと29枚くらいで、短編サイズって感じでしょうか



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 「金が無い……」
 夕陽の沈みかかった慶梁の邑(まち)。城門から続く大通では、仕事を終えた者達が酒や飯、妓を求めてごった返している。
その喧騒から少しばかり離れて、腰に長い剣を帯びた男、李勝は愚痴をこぼした。
 衣服は旅塵に汚れ、後で束ねた髪や、袖から覗く手も煤けている。元は端正な顔立ちなのだが、今は疲労と空腹で憔悴し、近寄りがたい相を浮かべていた。
 慶梁に着いた彼は、宿や飯場では無く、役所や衛兵の詰所などの集まる区画を真っ先に目指した。
 仕事を探すためだ。
 この時勢、どこの邑に行っても、役所の前には広場がある。そこは邑に住む者を集めて領主の布告を読み上げたり、攻められた際、最後の抵抗をするために陣を敷く。それが本来の使い道であるが、そんなことがそうそうあるわけもなく、普段は民衆に開放されている。
 場所や時期によって様々な使われ方をしているが、一番盛況なのは仕事の募集、求人である。
 やり方はこうだ。
まず、役所の前に仕事を募集する者が、立て札を持って集まる。内容は砕石や伐採と言った重労働から、代筆や子守と言ったもの、日雇いから長期にわたるものまで様々にある。
立て札を持った者は、それを目印に声を張り上げ、人を募集する。字を読めない者が多いため、立て札は募集する人間が読み上げるための台本と、集合場所を示す看板を兼ねた役割を担う。もしもその場に募集人がいない場合は、代わりに立て札を読むことを生業とする代読人という者があって、幾許かの銭でそれを読み上げてくれる。
募集する雇い主や内容によって条件は様々だが、人気のある仕事程、定員に達するのが早く、先着順となることも多い。そのため早朝の広場は老若男女を問わず、大勢の人間で溢れかえり、賑わいは祭りと見紛うほどだ。
そして、定員が埋まった募集から立て札を撤去して行く。
 また、広場に集まるのは職を求める者たちだけではない。
代読人のように、そういった者達を相手にした商売をする者も、多く集まるのである。飯屋や金物屋、雑貨屋といった連中が店を出しては、稼ぎ時を逃すまいと汗を流す。朝を寝る者は金を逃がす、という諺が生まれるくらいだ。
とはいえ、李勝が立て札を眺めている今は、大した募集も残ってはいない。この時間にある募集は、大体が胡散臭いものか、重労働で人気の無いものと相場が決まっている。
それでも李勝は諦めきれず、一つ一つ、すがるように読んでいった。
(ん……?)
ふと、幾つかの立て札に隠れて、倒れたものがあることに気がついた。顔を近づけてみると、いくつも足跡がついている。どうやら朝の喧騒で倒されたまま、誰も気付かず、放置されていたのだろう。
 読んでみると、そこには、私塾の教師を募集する、とあった。どうやら、教師をしている者が一週間ほど空けねばならず、代わりに読み書きを教える人間を探しているらしい。報酬も悪くない。これくらいあれば、次の邑へ行くぐらいは余裕でできるだろう。
(代読人の連中に見つからないのは、運が良かったな)
人に者を教えるという柄でも無かったが、正体不明の荷物を運んだり、場末の酒場で用心棒をやるよりは余程良い。
日は完全に沈んでいたが、李勝はこのまま募集人を訪ねることにした。

「これが、私塾…?」
 立て札にある私塾とやらは、塀に囲まれた屋敷であった。邑城を出て少し歩き、小高い丘の上にある。まるで貴族の隠れ住む別宅か、ちょっとした豪族の家のようだ。
 どこぞの名のある学者ならともかく、任せられる高弟のいない、臨時で教師を募集するような教師には、到底似つかわしくない。普通の民家か、それより少し大きいくらいの建物がその辺の相場だろう。
「…何か?」
 声を張り上げて訪いを入れた李勝を迎えたのは、無愛想な、三〇絡みの男だった。
「立て札を見てきた」
 男は李勝の浮浪者のような身なりを見、不審そうに目を細めた。
「私は用心棒ではなく、教師を募集していたはずだが…」
「得意だよ、読み書きは。荒事の方が得意なのも確かだけどな」
 特に出して見せる証拠も無いので、手を宙に舞わせながら説明する。
 男は訝しげな表情のままで、ただ一言、入れ、とだけ言った。
 それ以上は何もいう気がないらしく、背を向けて奥へ歩いていく。片腕がないらしい。空っぽの左袖が、ぱたぱたと舞っていた。
だが、歩き方から、武芸の腕はかなりのものであることが見て取れる。何気なく歩いているように見えて、いつでも跳躍出来る隙のない歩法。それでいて、身のこなしは自然そのものなのだ。李勝を警戒した様子は全くない。隙のない所作が染み付いているということもあるだろうが、李勝に殺気が無いのを感じ取っているに違いない。
自分の知った事ではないと思いつつも、少しだけ、男の過去に興味を持った。
「ここが講堂だ」
 馬のいない厩舎の前を通り、広い庭を横切ると、雨戸を開け放った広い部屋が見えた。
男は草鞋を脱いで講堂へ上がり、灯を入れた。それから棚から紙と筆を取り出して机の上に置き、
「そこに座れ。とりあえず、書いてみろ」
 ぶっきらぼうに促した。
「紙じゃないか。良いのか?」
 紙は、高価である。普通は、公文書でも特に重要なものにしか使われず、専ら木簡や竹簡を使う。それは、これまで見て回ったどこの土地でもそうだった。
「他所では高価だろうが、この国は製紙法が発達しているお陰で、安く買い求められる。木簡や竹簡を使う者の方が少ない」
「他所に持って行って売りゃ…」
「やめておけ。官営だ。周りの国に持っていって紙を売れる商人は決まっているし、遠くに持っていくとかえって赤字になる」
「官営?またどうして」
「木簡や竹簡より記載出来る情報が多い上、携帯出来る量が段違いだ。抹消も容易で、軍事・政治の効率を上げてくれる。周りにこの技術を渡したくないのさ。製造法は勿論、どこで作られているかも秘密だ」
「へぇ…。詳しいな、あんた」
「この国の人間なら誰もが知っていることだ。知りすぎると殺されるがね」
 会話しながら、李勝は紙をすらすらと字で埋めていく。一文字ずつ別れた読みやすい字ではなく、学者のやるように、崩した字を繋げている。鑑賞に値する、とまではいかないが、上手い字ではあった。
「ふむ…兵書に経典…こちらは法か……」
 男が感心したように呟いた。
 何を書いていいかわからなかったので、昔教わったものを、思い出した順に書いていっただけだったのだが。
「本当らしいな。身分を疑いたくなるような学識だが…。まぁ、いい。お前に頼むことにする」
「おお、そいつは助かる」
「一週間、留守にする。その間門人に読み書きを教えてくれ。報酬は後払い、額は立て札の通りだ」
「ああ」
「この家のものは好きに使ってくれて構わん。だが、値打ちのある物はない。盗んで売っても二束三文にしかならんよ」
「こんな立派な屋敷にすんでいるのに、か?」
 李勝が意地悪げな笑みを浮かべて聞いた。
「世を捨てたようなものだからな」
 答えた男の声は、ぞっとするほど空虚だった。
「…なにか質問はあるか」
 李勝の顔に複雑な表情が浮かんだのを見て、男は話題を変えた。
「あんたの名前、聞いてもいいか?」
「…ああ、そうだな。すまない、すっかり忘れていた。私は慶士という」
「俺は李勝だ。よろしく」
「こちらこそ」
 体温の高い右手と、低い右手が握手を交わし、契約成立となった。
 聞けば、慶士の出立は明後日だという。
門人への面通しは翌日やるということにして、その晩は私塾で行う講義について、存分に語りあった。

早朝、慶士は徒歩で出立した。
 彼は私塾では金を取らず、書物の複写や、代筆を主な収入源としているらしい。今回は隣の邑まで複写した書物を届けに行くのだと言う。
 前日のうちに、主な門人との面通しは済ませてあった。講義が滞ることはないだろう。尚薄という、門人では古顔の男も色々と手伝ってくれるらしい。
 門人達が集まるのにはまだ時間がある。李勝は講堂の雨戸を開けて軽く掃除を済ませ、朝食の前に少し、体を動かすことにした。
 よく均された庭で上半身裸になり、剣を抜き放った。
 剣は普通の規格よりも剣身・剣把が長く、柄尻には細い鉄鎖を編み込んだ、長い飾り紐が巻かれている。
 長ければそれだけ扱いづらいものだが、彼の師にあたる男はもっと長い剣を使っていた。師はその気になれば熊ですら膾切りにしてしまう。何度かその光景を目にしてきているので、見栄や例え話の類ではないことをよく知っている。流石にそれには及ばないものの、厳しい修行にたえてきたのだ。剣には多少、自信がある。
 片手、両手、順手、逆手…様々な持ち方、振り方で感触を確かめた。
技術というものは、まず身体が出来ていないと機能しないものだ。痩せすぎや太り過ぎは勿論のこと、筋肉が着きすぎても、振りは鈍る。
 目を閉じて、刃が風を裂く音を聞く。重く厚い剣身にも関わらず、枯れ枝を振ったように短く鋭い音だ。
 (悪くない…)
しばらく振り続けた後、李勝は満足げに頷いて、剣を鞘に収めた。
 だが、身体は少しばかり汗ばんでいる程度。これでは身体の状態を保つことは出来ない。
剣を塀に立てかけ、庭の端から端へと、何度も全力で駆けた。
 息が切れ、全身が心地よい痺れを感じるにいたって、李勝は鍛錬をやめ、井戸で水を浴びた。熱い鉄に水をかぶせたように、体から湯気が上がる。
 濡れた身体を拭いながら台所へ上がり、衣を羽織って、出立前の慶士と取った朝食の余りを腹に入れた。
あとの時間は、集合を待ちつつ、慶士の写した本を読むことにする。仕事する傍ら、気に入った本は自分用に一冊写しているらしい。書庫には紙を綴った冊子が、山のように積まれている。
李勝は適当に選んだ一冊を開き、机に肘をついて、しばらくの間、それに没頭していた。

「お疲れ様でした、先生」
 講義を終えた後、尚薄が椀に水を注いで持ってきてくれた。
 茶がいいな、とは思ったが、この地方ではあまり茶を作っていないらしい。茶よりも、米から作る酒に力を入れているのだそうだ。
「先生って柄でも、無いんだけどな」
「いやいや…とてもお上手でしたよ。人に教えるのがお得意なのでしょう」
「お前、口が達者なんだな」
「これでも、商人の端くれですので。まぁ、まだ小間使いではありますが」
「小間使い、ね」
 謙遜にも程がある。李勝はそう思った。
尚薄の着衣は派手ではないが、襟元や袖口といった、細かいところに微細な飾りがしつらえられているのだ。それらは嫌味がない程度に、景気の良さを見せている。尚薄自身も、小柄だが血色はよく、動作には弛んだところが一切ない。そもそも、小間使いでは私塾に通う時間的余裕など、あろうはずもないのだ。
「いやぁ、私は商家の跡継ぎなんですよ。兄が早くに他界してしまいまして…。父が知識は無駄にならないと、こうして通うことを許してくれているのです。後妻として入った義母はあまり良い顔をしませんが…。奉公人も何人かずつ、交代で来ておりますよ」
 つまりは余裕があるということだろう。使っている人間の数も多く、主には見どころのある人間に教育を施す度量もある。
「繁盛しているようだが、何を扱っている?」
「主に扱っているのは、紙ですね。最近は酒と食料も少し」
「官営の紙を売れる商人、か。さぞかし儲かっているんだろう」
「慶先生より聞かれましたか。まぁ、競争相手があまりおりませんから。とはいっても、その身分を維持する努力が、また大変なのですよ」
 そう言って、尚薄は抜け目のない、商人の顔で笑って見せた。
才覚のある商人というのは、近づきすぎると危険だが、かと言って敵にも回さない方がいい部類の人間でもある。
この男は、今はまだ力不足かもしれないが、いずれそうなるだろう。頭の回転は速いし、なにより、人の心を読む才能を、言葉の端々に見せる。
話していて面白い相手ではある。相手にとって不足なし、という気分にさせてくれるのだ。
 話し込むうちに、空の色は赤から深い紫へと、移りつつあった。
 館は邑から少しばかり離れた場所にあって、城門が閉まる時間が近づくと、人の気配は絶える。締め出しを食らう城内の民は言うに及ばず、城外に住む農民達も内職に励まねばならず、少しでも多くの銭を稼ぐため、一時足りとも無駄にすることはしない。
今は人の声もなく、ただ風が庭の草を撫でる音と、静かな虫の鳴き声が響くのみとなっている。
賑やかな城内の宿も良いが、野宿することも多い李勝にとっては、こういった聞きなれた音のする場所の方が落ち着いて寝られる。
 尚薄が帰り支度をする間、目を閉じて音に聞き入っていた李勝は、ふと、周囲に違和感を感じた。
 長く旅に暮らしてきた李勝は、独特の勘を身につけている。お陰で危険を逃れられた事は、一度や二度ではない。
 その勘によれば、自然のものとは違う、微かな音と空気の揺れが、何かを確かめるように館の周りを動いているらしい。
時折、視線がこちらに向いているような気もした。
少なくとも一人、何かしらの目的を持ってこの屋敷を窺っている。
 誰が、何故?
 慶士は何か、恨みを買ったりはしていないかと、尚薄にそれとなく聞いてみたが、それは有り得ないと言う。
流れ者の自分を怪しんでいるのだろうか、とも思ったが、尚薄が帰り、夜が深くなった頃には、その気配は消えていた。
(俺を見ていたのではないのか…?)
李勝は首をかしげた。
 
 慶士が帰りついたのは、予定の通り一週間が経った日の夕方、李勝が雨戸の補強を行っている真っ最中だった。
 この日、嵐が来るとのことで、講義は早々に切り上げて、門人たちを帰らせている。
今頃は李勝と同じように、必死で店や家の補強を行っていることだろう。
一方の慶士は紐のついた革袋を肩に引っ掛けるようにし、左袖をなびかせながら悠々と歩いて来た。
(いいご身分だ…)
 そう思っても、大事な雇い主で、意気投合したこともあり、流石に口には出さない。
「一週間、しっかりやってくれていたようだな」
「金目の物を持って逃げる、とでも思ってたのか?」
 汗を拭い、皮肉で答える。
「それでも構わない、とは思っていた。なにせ、見ず知らずの流れ者に家を任せるのだから。もっとも、盗めるのは買い手の付かない写本くらいのものだろうが」
「見る奴が見れば価値がある、という類のものだからな、本って奴は」
「必要としている人間にとっては千金の価値があるが、無理にその人間を探し出そうとすれば、万金が必要になるものだ」
「盗んでも邪魔になるだけ、か」
「そういうことだ。まぁ、お前が自棄になって火をつける人間じゃなくてよかったよ。家無しで嵐を凌ぐのは、中々辛い」
 言って、慶士は空を見上げた。分厚いねずみ色の曇がどんよりと空を覆っている。少しずつ、風も出てきているようだ。
「よし、と」
「終わったのか?」
「ああ」
「すまんな、こんなことまでさせて」
「いいさ。嵐が過ぎるまでは、あんたがなんと言おうと世話になる」
 慶士は苦笑した。だが、満更でもなさそうだ。
「ちょっと出かけてくるよ」
「何処へ行く?今にも降り出しかねんぞ」
「酒を切らしちまったんだ。尚薄に頼んで用意しておいてもらってる。すぐ帰るさ」
「金は?」
 李勝は何も言わずににやりと笑い、慶士はやれやれと、首を振るばかりだった。

「先生、やっと来ましたね」
「悪い、待たせた」
 尚薄と落ち合ったのは、酒屋の前。荷車には酒の入った樽が載せられているが、人足はいない。代金をケチり、李勝が自分で引くつもりだった。
「降り出しそうだ。後は俺がやるからお前は帰ったが良い」
 李勝は手を振ったが、
「お気持ちはありがたいですが、そういうわけにもいかず…。さ、急ぎましょう、急ぎましょう」
 尚薄はそう言って荷車の後ろを押してくれた。
 ともすれば嵐が過ぎるまで帰れなくなり、商売にも差し支えが出るだろう。
ここは固辞して帰らせるべきなのだろうが、李勝がそうしなかったのは、また例の視線を感じていたからだ。視線は、尚薄と落ち合う少し前からあった。
未だに正体も目的も不明なのだが、薄々、
(見られているのは尚薄なのではないか…)
 と思い始めている。
 害意を持っている可能性もある。
むしろ、ここまで執拗に視線を向けるというのは、害意あるが故と考える方が自然だろう。そうなれば、自分が一緒にいてやる方が安全かもしれない。
 李勝は警戒した様子など、毛振りにも見せず、冗談を飛ばしながら荷車を引いた。
 城門を出たところで、
「先生、降りだしました!」
 尚薄が叫んだ。
 視線の主はこの時を待っていたと見え、気配を膨らませ、殺気も滲ませている。まだ襲いかかってこないのは、雨足が強くなるのを待ち構えているのだろう。
 雨が強くなれば、音も気配もかき消されてしまう。
 一対一ならそれでも負ける気はしないが、大勢に襲いかかられると、不味いことになりかねない。こちらは尚薄を守りながら戦わなくてはいけないのだ。
 二人は早足で私塾へ向かう。
 距離は中頃、と言ったところか。
 雨脚も大分に強くなり、城からも離れた。
 引き返しておくべきだった、と後悔したのも遅く、じりじりと、十人程の人間が近づいてきている。
(これは…何も無しにたどり着くのは無理だな)
 李勝は一本の大きな老木があるところで立ち止まり、いつになく真面目な顔で、
「尚薄」
 と呼びかけ、荷車を大木の前まで引いて横倒しにしてから、
「少しの間、荷車の影に隠れていろ。俺がいいと言うまで、体を丸めてじっとしているんだ。何があっても、な」
 異論を挟ませない調子で指示をした。酒はこぼれて雨と一緒に流れてしまったが、それを気にする様子もない。
「は、はぁ…」
 状況をわかっていない尚薄は少しばかり戸惑ったが、結局李勝に従って、もぞもぞと、荷車の影に屈み込んだ。一週間程度の交誼ではあったが、李勝が意味もなく、そういうことを言う人間ではないと、わかっていたからだろう。
 一方の李勝は背に負った長剣を持ってゆっくりと引き抜き、鞘を無造作に放り捨てた。
 そして別段構えるでも無く、自然体を保ったまま、無言で立ち尽くしている。
 ゆっくりと、近づく気配はあるが、まだ姿を見せない。
 強くなった大粒の雨が李勝の全身を打ち、ばちばちと音を立てている。
 つ…と、眉のあたりから垂れた水滴が、右目に入った。
 誰かが手を挙げた、気がした。
 そう感じた瞬間には、李勝は緩めた全身の筋肉を引き締めて、短剣を片手に飛びかかった男を両断している。意表をつくべく、その男の背後に隠れて迫った者は、目を驚きに染めて、李勝の真上を通って着地した。
 右目を拭うことすらせず、屈んだ体勢のままで、荷車の周りをまるで這いずり回るかのように駆けた。
たちまち半数を斬って捨てたが、残った半数はちと、質が違うらしい。
 目標を尚薄から李勝に絞った動きは、
(相当に場数を踏んでいる…)
 と李勝に冷や汗をかかせるほどのもので、迂闊に動くことが出来ない。
 捨て身で動きを止める死に役と、相当に腕の立つ殺し役が、入れ替わり立ち代り攻めかけ、尚薄を庇う李勝は散々に苦しめられた。
 表裏一体の攻防を繰り返すうち、ようやく相手の人数が二人まで減った。残るは殺し役の男が二人。大男と、首魁らしい、一番腕の立つ男だ。
(さて、厄介な…)
 李勝は無傷だが、この雨である。体温を奪われ、徐々に剣を握る力も弱ってきている。
 相手も同じ状況、と思いきや、あちらは李勝ほど動きまわってはいないのだった。
疲れさせるために死に役をけしかけ続け、腕の立つ二人で始末をつける算段だったのかもしれない。
 一人ずつ戦おうとすれば、片方と切り結ぶ間にもう片方が尚薄を殺すだろうし、かといって、この状況で二人を同時に斬るのは難しい。
(さて、どうするか…)
 二人が距離を詰めてくる。
(相手の剣は短いが…)
 小さく一歩、また距離が詰まった。まだ、剣は届かない。
(ええい…!)
 長剣が届く距離になって、李勝は跳んだ。
 読んでいたかのように二人は身をかがめて斬撃をかわし、大男が振り向いて李勝の背中を追う。首魁の男は、尚薄のいる荷車に向かって駆け出した。
 まさに。賭けではあったが、李勝はそう動いてくれるのを待っていた。
振り向きざまに追い縋った大男の膝を、跳ね上げるようにして斬ると、今度は袈裟斬りにするように思いっきり長剣を振って、首魁の男へ投げつけた。
回転せず、まっすぐに飛んだ長剣は、狙った通りに首魁の頭へと突き刺さり、そのままの勢いで荷車へと、磔にしたのだった。
「尚薄、もういいよ」
「せ、先生…これは…」
 尚薄が、荷車の影より真っ青な顔を出した。
「お前を殺しにきたらしい」
 言いながら、李勝は涼しい顔で片足になった大男に当身を食らわせ、絶息させた。手早く止血してから剣を引き抜き、柄の飾り紐を解いて縛り上げる。
「背負っていくのも億劫だ。荷車に乗せていこう。起こすのを手伝ってくれ」
「つ、連れて行くのですか?」
「怖いか?まぁ、真相は、こいつから聞くのが手っ取り早いだろう」

 慶士の家へ運び込み、多少手荒な方法を使ってまで聞き出そうとしたのだが、結局男は口を割らず、嵐がやんだところで慶梁の兵士に身柄を引き渡した。
 まだまだ、やろうと思えば口を割らせる方法はあったが、男は血を失いすぎて衰弱していたし、目を話すと舌を噛み切ろうとするので、大人しく本職の者に委ねることにしたのだった。
 そちらの“尋問”でも男は相当に粘ったそうだが、一月程経った日、ようやくに口を割ったらしい。
 その頃李勝は既に慶梁を発った後であり、しばらくして後、慶士からの書簡で事件のあらましを知ることとなった。
その書簡の中で、慶士はきな臭い物を感じたと、はっきり書いており、それについては李勝も同感だった。
 事件を簡単に言うなら、後妻として入った尚薄の義理の母が、自分の弟を跡継ぎにしようとして仕組んだもの、ということになる。
 それだけならば、まぁ、普通の跡目争いと言えないこともない。結果的に無傷でもあるし、尚薄も運が悪かった、と苦笑して終わらせることも出来たろう。
 だが、二人が引っ掛かりを覚えたのは、あの日、尚薄を襲った連中の手並みであった。
 ただのごろつきではない。死に役と殺し役に別れ、自らの命を簡単に捨ててみせたのだ。殺しを生業にしているものでもそんなことはやらない。特殊な生まれ、特殊な育ち、特殊な訓練。そういったものをへて、人であることを捨てた、悪霊のような連中だからこそ、やってのけられる。
 この悪霊のような奴は雇うのに法外な金を使うはずだが、それ以前に、渡りをつけることすら難しく、接触しようとしただけで殺されることもあると言う。
 そんな連中をどうして雇いえたのか、それは後妻も語らなかった。と言うよりも、獄中で急死したために、語れなかったのだ。
 誰か仕組んだ人間がいるのは間違いあるまいが、その目的が大層なものであるとも李勝には思えなかった。
 慶士は陰謀がある、などと書いているが、商人の倅を殺して何の陰謀があると言うのか。小金を吸い取るのが精精といったところだろう。
 後味の悪い事件だったが、それだけだ。
 その黒幕とやらと関わることももうなかろうし、また流れに任せた旅に出るだけの事。
 考えるのにも飽き、書簡をたたんで懐にしまうと、間もなく、李勝は大きないびきをかき始めたのだった。


                                    【終】

美少女の魅力2

酔っ払って目を覚まして「美少女の魅力」というタイトルの謎のワードファイルを開いたら書かれていたのは冷蔵庫だった。
何を言っているか(ry
というわけで、一応美少女っぽいのを。
書こうとしたはずなんですが、あまり美少女関係なかった。
ちょっとライトな感じで。


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 高等部に上がって、一ヶ月が経った。まだ慣れきらない高校生活で、疲労も三割増しだ。
中等部よりも遅い下校時間。高遠(タカトオ)はようやく開放された気分で、校門を出た。
「高遠書記!」
 縛り付けるような空気から開放され、伸びをした高遠を、甲高い声が呼び止める。
 だが、あたりを見回しても、声の主は見当たらない。
「気のせいか…」
「気のせい!?ちょっとわかってんでしょ!?」
 高遠は仕方無しに視線を落とした。
 そこでは、栗色の毛をした愛らしい小動物が目を怒らせ、頬を膨らませて威嚇していた。
「あ、どうもー。お疲れ様です生徒会長―」
 生徒会長、にアクセントを置いて、一応の挨拶。尊敬は欠片すら無く、誰がどう聞いても、からかっているようにしか聞こえない。
 当然、生徒会長と呼ばれた少女、三月叶(ミツキカナエ)にもそれは伝わっている。
 より一層頬を膨らませ、今にも飛びかからんばかりだ。
「今日は生徒会だって言ったでしょう!」
「いや、俺、生徒会じゃないし…」
「書記をやってくれるって!」
「俺一言も引き受けるなんて言ってないじゃないッスかー」
「でも…!」
「役員他にいないからって、昔のよしみで引っ張り込むのはどうなんです?」
「うぐっ」
「そりゃ応援する、とは言いましたけどね。あくまで心構えの話で」
「さ、詐欺だー!!」
 詐欺とは失礼な。
 高遠としては、もとよりそのつもりで言ったのだ。それを勝手に勘違いされた上、詐欺扱いされるなどたまったものではない。
「と、まぁ、そこまでは言いませんけど」
「くっ」
「じゃ、俺は帰りますんで。頑張ってくださいねー。中学生の身で、高等部の生徒会長は大変でしょうけど」
 くるり、と三月に背を向け、夕日に向かって歩きだす。
「うおぁッ!!」
 つもりだった。
 唐突に後ろから足を掛けられ、さらに襟を引っ張られた。引き倒される形で、高遠は転倒する。同時に三月はガシッと脚を絡め、高遠の右足を掴んだ。
「お……」
「お……?」
「お願いします高遠先輩ぃぃぃぃッ!!」
「ちょっと待…ってお前これアキレス腱固め…ッ!?痛ァァァーッ!!」
「私だけじゃ無理ですー!」
「痛ぇー!!」

 一〇分後、高遠と三月は学校すぐそばのファミレスにいた。
 元々、お世辞にも良いとは言えない人相を、一層不機嫌そうに歪めた高遠と、頭にたんこぶをこさえた、お子様ランチの似合いそうな三月。おかしな取り合わせの二人が、向い合ってコーンスープを啜っている。
「……すみませんでした」
 高遠は無言。さっきから三月が一人で喋るだけだ。
「で、でもでも!やっぱり高等部で誰一人立候補が無かったからって、中等部の生徒会長に兼任させるのは間違ってると思うんです!」
 テーブルを叩かんばかりの勢いでまくし立てる三月。自身の不満を洗いざらいぶちまけまくっていた。
 二人が通うのはエスカレーター式の学校だ。そのため、縦のつながりはかなり強い。さらに、生徒会と言っても行事の際に雑用をやらされるだけで、会長もいわばお飾りである。
ならば問題ないだろうと言う事で、忙しい教師達は、この問題を安直な方法で片付けてしまった。
「まぁ、良いんじゃないか。高校三年まで頑張ってくれ」
「四年もやらされるんですか!?」
 泣き出しそうな顔になるのも無理はない。
 なにせ雑用係の中の雑用係。その頂点として、四年間君臨し続けなければならないのだから。
「そ、そもそも高遠先輩がやれば良いじゃないですか…。私の前の生徒会長だったんですし…」
「担任にもそう言われた。でも学校生活に慣れるまでは勉強に集中したい、と言ったらあっさりオッケー。出来る限りは手伝いますと言ったから、印象も悪くないはずだ」
「手伝ってくれるんですか!?」
「方便に決まってるだろ」
 そんなぁ、とテーブルに崩れ落ちる三月。
 可哀想だが、ここで甘やかしては三月のためにならない。可愛い後輩のため、あえて心を鬼にして、試練に望ませなくては。
「面倒くさいだけじゃないですか……あ!」
「ん?」
 突然、三月が窓の外に向かって声を上げた。
 何かを見つけたらしいが、高遠にはわからない。元々、捜し物は苦手な性分だ。一〇分前のアレは、流石にわざとだったが。
「おーう。高遠に、三月か。デートか?」
「げっ」
「こんにちは、山都(ヤマト)先生」
 後ろからかけられた野太い声。振り返ると、高遠のクラスを担任する、山都が腕を組んで立っていた。
 三月が見つけたのは、これだったらしい。
 噂をすれば影、という諺を思い出し、話に出したことを束の間後悔した、
「下校する時は真っ直ぐ帰れ、というのは、まぁ、役目柄言うんだが。俺も昔はなぁ、良く帰りに喫茶店に寄っては目当てのウェイトレスの姉ちゃんに…」
 いつの間にか、山都は高遠の隣に座っている。山都の巨体に圧迫され、高遠は窓際へと追いやられて小さくなっていた。
「高校ん時の友人に高橋という男がいてな。この男は悪いヤツじゃないんだが軽薄なところがあって、そのウェイトレスの姉ちゃんに…」
 そんな高遠の事など全く気にせず、山都はさも楽しそうに話を続ける。
 この教師は厳つい風貌に似合わず、話好きで有名なのだ。物分りはいいし、ノリも良いが、一度捕まると中々逃げ出せないせいで、人望という点では微妙らしい。
「あの、先生、すみません…」
「で、その高橋がパチンコで…っとすまんな、三月。ついつい話し込んでしまった。邪魔したたな」
 よくやった、と三月に心の中で親指を立てる。
「いえ、良いんです。ただ、私たち今生徒会について話していて…。出来れば、先生にも聞いていただけたら、なんて…」
「んん?デートじゃなくて、そういう話だったのか?真面目で結構。よし、何でも聞いてやろうじゃないか」
「お、おい」
 嫌な予感に、高遠の顔色が変わる。
「高遠先輩が副会長やってくれるって言ってくれたんですけど…」
「ま、待て。俺はそんなこと」
「おお。そうか、高遠もようやくやる気になったか。まぁ、進級してもう一ヶ月だ、学校生活にも慣れてきただろうし、丁度いい頃合かもしれんな」
「ちょっと待って下さいよ!」
「それで、二人じゃやっぱり足りないなって……。あと、三人か四人は欲しいんです」
「ふむ。行事のたびにボランティアを募集する、というのは駄目なのか?」
「それはそれで、良いんですけど……。やっぱり、中心に立って指示を出せるメンバーは、気心が知れてる方が良いって」
「なるほど。一理あるな…」
「高遠先輩が言ってました」
「言ってない!」
「おお、流石高遠。生徒会長の経験は伊達じゃないな」
 二人とも、高遠の話には一切耳を貸してくれなかた。この場に味方はいないのか。
 恨めしい気持ちで反撃の機会を狙うが、結局それは訪れず、届けは出しておくからな!という山都の無情な声で、その日はお開きになったのだった。
 高遠は呆然として、山都の背中を見送った。
「というわけで、よろしく!タカトオフクカイチョウ……痛ッ」
 無論、三月の頭にもう一個、たんこぶが増えていたのは言うまでもない。


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萩原間九郎

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