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伊達眼鏡


「中尉、入るぞ」
 上官の部屋だというのに、管野はノックもせず、ずかずかと上がり込んだ。
 これがサーシャやロスマンの部屋であったなら、ちゃんとした手順を踏みもするし、少しばかりの緊張も見せる。しかし、ある意味クルピンスキーは特別なのだった。
 上官らしくない。軍人らしくもない。ラルやロスマンですら一目奥ほどの実績を残しながら、まったく偉ぶらない。というか、なんだか馴れ馴れしい。初めて見るタイプの人間に、管野も最初は戸惑った。
 どう接するべきか迷った挙句、この頃は軍務の時を除いて上官扱いするのをやめてしまった。クルピンスキーはそれを怒るどころか喜んですらいるようで、管野はこの変人については考えたら負けと、結論付けてしまっている。
「あ、ナオちゃん。いらっしゃい」
 本から顔をあげたクルピンスキーを見て、管野は片眉を上げた。意外なものを見た、という表情を浮かべたのは、別に知らない女性が連れ込まれていたからでも、知っている女性が連れ込まれていたからでもない。
「目、悪かったのか?」
 クルピンスキーは眼鏡をかけていた。細いフレームが楕円形のレンズを囲む、クールな印象を与えるデザイン。色気を漂わせるほどに似合っていたが、管野が驚いたのはそこではなく、単純に今まで目にしたことのない姿だったからだ。それに、近視という話も聞いたことがない。まさか老眼ということもないだろう。
 クルピンスキーは一瞬なんのことかわからないという顔をしたが、
「ああ、これ?」
 笑いながら弦の部分をつまんで見せた。
「度は入ってないよ」
「伊達かよ」
「そ。こないだデートした子から貰ったの。絶対似合いますからって」
「なんだ、そんなふざけた理由だったのか」
「別にふざけてるわけじゃないよ。まぁ、どうせもらったんだし、しまっておくのもどうかなってね」
「やっぱりふざけてる。眼鏡って、目が悪くて仕方がなくかけるモンだろ」
「使い方も人それぞれさ。ストライカーみたいにね。大事に乗る人もいれば、ネウロイを蹴るのに使う人もいる」
 管野は露骨に嫌な顔をした。からかわれたり、皮肉を言われるのが好きではない。口先でゴチャゴチャ言わずかかってこい、という気性なのだ。第一、クルピンスキーは管野のことを皮肉れた立場にない。
「ね、ね、ナオちゃん。そんなことより私を見てなんか思わない?」
 クルピンスキーは眼鏡を掛け直し、座ったまま、管野に意味有り気な視線を送った。
 格好は薄着。シャツを一枚羽織っているだけだ。そのシャツも生地が薄く、肉付きの良い身体を隠せていない。さらに長い足を組み、机に頬杖をついて妖しく笑いかけてくる。こうすると色気にあてられて、大抵の女性はクルピンスキーのペースに乗せられるのだが。
「なんかって……、なにが?」
 残念なことに、管野は歳の割にお子様だった。確かに本を通して色恋の存在を知ってはいるが、逆にそのせいで、自分とは縁遠いものと思っているのだった。クルピンスキーの色目が通じない、数少ない相手と言える。
「残念……。ニパくんやジョゼちゃんなら引っかかってくれたろうに」
「?なんのことだ?」
「なんでもないよ」
 そう言いながら、クルピンスキーはわずかに落胆している。
「変な奴」
「……ほっといてください。それで、何か用?」
「ああ、そうだ。こないだ借りた金返しにきた」
 管野は手を叩き、ポケットか、数枚の札を取り出した。
「明日でもよかったのに」
「明日は街に行くんだよ。使っちまうだろ」
「はは、ナオちゃんのそういうとこ好きだよ」
 管野は金の使い方も豪快だ。給料が入るや即座に使い切ってしまう。誰かにそこを突っ込まれると、宵越しの銭は持たないと豪語するのだが、毎度給料日前には金を無心しにくる。
 ただし、それを踏み倒したことは一度もない。金が入れば即座に返済する。どちらかといえば踏み倒し、踏み倒されでお相子な貸し借りをしてきたクルピンスキーにとっては、どこか新鮮で不思議な感じすら覚えるのだった。
「いち、に、さん……。うん、確かに」
 札を受け取り、数えてみせた。
 クルピンスキーは多かろうと少なかろうと、目くじらを立てるつもりはないのだが、こうして目の前で確認しないと管野が許さない。
 納得した管野は鷹揚に頷くと、用は済んだとばかりに部屋を出ていこうとした。
「邪魔したな」
「あ、ちょっと待って」
「?なんだ?」
「どうせ来たんだし、もう少しお話してかない?」
「なんか用でもあるのか?」
「いや、そうじゃなく……」
「ふうん?明日じゃ駄目なのか?」
 管野としては明日の休暇をフルに使い切るべく、さっさと部屋に帰って眠りたい。
「今話したいんだ。駄目かな……」
「わかんねぇな。……まぁ、いいけどよ」
「ほんと?あ、じゃあ今お茶いれるからね。座って待ってて」
「お、おう、悪いな」
 目に見えて嬉しそうな表情を浮かべ、踊るように立ち上がったクルピンスキーを見ながら、管野は押し切られたことを少しばかり後悔した。
「夜更かし決定だな……」
 ため息混じりの呟きは、クルピンスキーまで届かなかったようである。
 ややあって、管野の前に湯気を立てたミルクティーが運ばれて来た。
「美味しい?」
 クルピンスキーがにこにこと笑顔を浮かべつつ、管野の顔を覗き込む。
「うまい」
 クルピンスキーの部屋にあるものは、茶葉や菓子にかぎらず何だって上等だ。それらを扱う手並みまで含めて。不味かろうはずがない。
「クッキーもあるよ」
「食う」
 上機嫌なクルピンスキーとは逆に、管野の反応はぶっきらぼう。といっても、別段不機嫌なわけではなく、物を食べる時は常にこんな感じで、つい食べるのに集中してしまうのである。
 そんな一心に紅茶を飲み、菓子を頬張る管野を見て頬を緩ませるなと言うのは、なかなか難しい話だとクルピンスキーは思う。
「ね、ね、ナオちゃん?」
「あ?」
 邪魔するな、とでも言いたげな視線を向けられても、クルピンスキーは怯まない。
「この眼鏡、かけてみない?」
「なんで」
「絶対似合うよ。可愛いよ」
「いらね」
「そんなこと言わないで。ちょっとでいいから、お願い」
「やだ」
「お願ーい。なーおーちゃーん」
 眼鏡を片手に、ぐりぐりと顔を寄せるクルピンスキー。
「やめろって……やめろ、やめ……や……やめろっつってんだろ!!」
 管野は勢いよく手を払った。クルピンスキーの手から離れた眼鏡が、床に落ち、破片を撒き散らした。
「あ……」
「あ」
 壊れて……、いや、壊してしまった。
 管野は恐る恐る顔をあげた。何と言って謝ったらいいか考えながら。
 しかし、クルピンスキーは怒るどころか、申し訳なさげな表情を浮かべ、
「ごめんね、ナオちゃん。ちょっと悪ふざけしすぎちゃった」
 頭をかきながら謝ってきた。
 悪いのは自分なはずだと、管野はわかっている。だが、詫びる言葉が出てこない。
「掃除は私がしておくよ。ごめんね、ごめん」
 管野は何も言わず、部屋を後にした。
 後悔だけが胸の奥で燻っていた。

 翌晩。
 読書するクルピンスキーの顔の上には、昨日とは違う眼鏡が乗っていた。
「まったく、ナオちゃんったら」
 外した眼鏡を、指先で愛おしげにもてあそぶ。薄明かりに照らされた顔には、微笑が浮かんでいた。
 昨夜、眼鏡をかけさせようとしたせいで、管野は無言で部屋を出て行った。怒らせてしまった。ふざけすぎたのだ。
 クルピンスキーはどう仲直りしたものか一日中考えたが、両案もないままに日が暮れてしまい、落ち込んでいた。あの眼鏡なんて、どうでも良い。もらったからつけていたに過ぎない。むしろ管野に嫌われる原因となってしまった以上、あんな物無ければよかったとすら思っている。
 しかし。
 街に出かけた管野は基地に帰るとまず、クルピンスキーの部屋の戸を叩いた。
「中尉、入るぞ」
 クルピンスキーは耳を疑ったが、部屋に入ってきた管野の顔を見、さらに目も疑うことになった。
「どうだ」
 管野の小さな顔に、眼鏡がちょこんと乗っている。
「ナオちゃん、目が悪かったの……?」
「伊達に決まってるだろ、バカ。似合ってるかって聞いてんだよ」
「え……、あ、うん。すごく可愛い」
「……そうかよ。よかったな」
 そう言って、睨みつけながら眼鏡を外すと、クルピンスキーの手を掴み、握らせた。
 そしてくるりと背を向け、
「昨日、オレが壊しちまったから」
「え……」
「あと、眼鏡かけてみせろって言ってたから」
「あ……」
「悪かったな」
 そして逃げるように、部屋から出て行った。
 しばらくクルピンスキーは呆然と立っていた。どういうことか、ようやく理解出来たのはつい数分前。それから眼鏡をかけては外し、にやにやと笑いながらいじくることを繰り返している。
「眼鏡をかけたナオちゃん、可愛いかったなぁ……」
 あの管野が今日一日、壊した眼鏡のことを気に病んでいたのかと思うと、まったくいじらしくてたまらない。
 それに、この眼鏡は中々良いものだ。結構な値段がしただろう。自分の買い物なんて、ほとんどできなかったに違いない。自分を差し置いてまで、クルピンスキーのために眼鏡を選んだのだ。今すぐ抱きしめて耳元で愛を囁きたいくらいには、嬉しかった。
 そうだ、今度お礼と称してお菓子の差し入れをしよう。そこから上手く会話に持ち込んで、デートまで……。
 流石に今抱きついたら命が無いのは分かっている。クルピンスキーは強かに計算を進めた。
 もっとも、いくら計算したからと言って、管野が思惑に乗ってくれるかと言えばそれは別の話であって……。

「チョーシに乗んなッ!この色ボケーッ!!!!」

 数日後、結局管野に痛い目にあわされたとか、なんとか。


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