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スオムスいらん子中隊涙する 第一章 L戦闘機隊

第一章 L戦闘機隊

 粉雪まじりの冷たい空気が、穴拭智子中尉の柔肌を刺していた。
 白色人種のそれとはまた違う、白絹の白さを持つ智子の肌。しかし、今は魔力のフィールドで減殺しきれないほどの極寒に晒され、うっすらと紅色をさした扇情的な色に染まっていた。
 智子の隣には、エリザベス・ビューリング少尉が怠そうに立っている。口元には煙草が一本、白い煙を立てており、智子から少し離れた風下に身を置いていた。
 ビューリングの昔を知る者が見たら、目を丸くしただろう。スオムスに来るまでのビューリングはこうしたものに限らず、気遣いというものをついぞしたことがない。
「流石だな、ジュゼッピーナは」
 模擬戦で迫水ハルカ一飛曹を翻弄するジュゼッピーナ・チュインニ准尉をみながら、ビューリングは感嘆の声を漏らした。皮肉屋のビューリングが素直に褒めるというのは、実に珍しい。
 ジュゼッピーナは旧式のファロットG.50を履いているが、最新鋭の十二試艦戦を履いたハルカを手玉にとっている。G.50はスオムス空軍でも飛行第26戦隊で使用されているものの、最早第一線機とはとても呼べない。供与された他のストライカーユニットより幾分マシ、というレベルである。
 しかも、劣位でスタートすると言うハンデ付きだった。ここまで差をつけられながら一方的に遊ばれるハルカのへっぽこ具合も半端ではないが、ジュゼッピーナの実力もまた、生中なものではない。
「准尉の階級は伊達じゃないってことね。なんにせよ、心強いことだわ」
 これまでは、智子とビューリングが何とか中隊を引っ張って来た。ハルカを除くメンバーが少しずつ力をつけて来ているとはいえ、いまだ十分な戦力とは言い難い。そこにこのジュゼッピーナが加わったのである。
 いらん子中隊とあだ名される義勇独立飛行中隊。そこに配属されるだけの理由をジュゼッピーナも持っていたのだが、それはすでに解決されていた。ある意味では頭痛の種が増えたともいえるが、ともかく、智子やビューリングと並ぶ腕前の持ち主が加わったということは、非常に大きな意味を持つ。
「地上攻撃の経験も豊富らしいじゃないか」
「そこに目を付けられて、私たちまで爆弾を抱えることになるのは御免だわ」
「そうならないよう祈っておこう」
 ビューリングは短くなった煙草の先端を潰し、灰皿代わりの空き缶に放り込む。
「それにしても……」
「ええ。ハルカは駄目ね……」
 2人の視線の先では、ハルカがジュゼッピーナに追いまくられ、無様に揺れている。ジュゼッピーナは射撃位置につきつつも、これで何回、などと楽しそうに言うだけで発砲はしない。瀕死のねずみを弄ぶ子猫のようだ。
「この間、お前の技を真似して見せた時はいくらか見所が出てきたのかとも思ったんだが」
「まぐれだったのかしらね……」
 先日の模擬戦では、ハルカは智子の秘技である『燕返し』を咄嗟に繰り出し、ジュゼッピーナを破ってみせた。ネウロイに操られていたジュゼッピーナがその実力を発揮できたかは置いておくとして、まさかあのハルカがと、その勝利には誰もが驚いた。
「複雑な心境か?」
「な、なんでよ」
「いや」
 しかし、ビューリングの言うことは図星である。
 智子は何だかんだといいつつハルカには目をかけているし、成長が嬉しくないはずがない。だからといって、自分の編み出した秘技がそう簡単に真似されるようなものであってほしくもないのだ。中隊長としての自分と、一人のウィッチとしての自分が智子の中で葛藤しているのだった。
「これじゃアドバイスのしようもないじゃない……」
 智子が爪を噛む。
 こんなことなら、キャサリン・オヘア少尉とウルスラ・ハルトマン曹長を連れてくるのだった。二人とも午後は基地待機だからと無理に連れてくることはしなかったのだが。
「ああ、もう。教えたこと全然覚えてない!私の言うことの何を聞いているのかしら……」
「お前の声を聞くので一杯一杯なんだろう。内容までは頭の中に入っていないのさ」
 智子の顔が赤くなり、ビューリングはやれやれとため息を吐いた。
「……なによ」
「なんでも」
 智子はセックスアピールに弱い。とにかく弱い。相手が男だろうと女だろうと、顔立ちの整った人間に言い寄られるとすぐにその気になってしまう。
 この悪癖さえなければ……。ビューリングは口には出さないが、優秀な中隊長の欠点を惜しく思っているのだった。
「あ!いた!智子中尉!ビューリング少尉!」
 ビューリングの悩みを他所に、緊張感に欠けた声で呼びかける者がいる。スオムス空軍の軍服に身を包んだ、エルマ・レイヴォネン中尉だ。
 ててて、とやや危なっかしい足取りで駆けてくるエルマは案の定、
「ぶべっ!」
 情けない声を上げて転倒し、厚く積もった雪の山に頭を突っ込んだ。
「ああ、もう。なにをやっているの」
 智子がエルマを助け起こし、顔や服に着いた雪を払ってやる。
「ずびばぜん」
「いいから。ほら、もうじっとして……」
 座り込んだエルマの服から雪を払いのけた智子は、続いて顔と髪に手を伸ばす。細く繊細な金髪に絡んだ雪は、中々取れてくれない。智子は毛繕いでもするかのように、丁寧な手つきで雪を取り除いていった。
「……それで、何か用があったんじゃないのか」
「あっ!」
 気持ち良さそうな顔で智子に任せていたエルマだったが、ビューリングの言葉で用事を思い出したらしい。勢いよく顔をあげた。
「そうでした!ハッキネン司令がお2人を呼んでるんです!至急司令室まで来るようにって!」
「あんたそれは早く言いなさいよ!?」
「ふげっ!」
 智子の平手打を頭に食らい、エルマは再び、情けない声を上げた。

「ラドガ湖畔のネウロイ根拠地を叩きます」
 カウハバ基地の司令室。その主であるハッキネン少佐は、雪女とあだ名される冷たい美貌をそのままに、とんでもないことを言い放った。
 智子とビューリングは緊張した顔でそれを受け止めた。エルマは言葉を失っている。
 無理も無いことだった。
 ラドガ湖はスオムスとオラーシャの国境にある巨大な湖である。今はその湖畔にネウロイの築いた陣地があり、そこから敵は侵入してくる。巣ではなくネウロイの生産能力はないというが、それでも厄介なことこの上ない。いずれそこを叩かなければならないのはわかりきっていた。
 それをしてとんでもないこと、と言うのは、攻め落とすだけの戦力があるとは思えないからだった。確かに、義勇独立飛行中隊にはジュゼッピーナが加わり、装備も一新された。だが、見方を変えればその程度の増強しかなされていない。防空を何とか果たし得る程度の戦力なのだ。
 そして、今回の任務は制圧。つまり、敵地上兵器を撃破せねばならない。
 のしかかってくる嫌な予感に、智子は形の良い眉をしかめた。
「……もしかして、また爆撃任務ですか?」
 正直言って、自信がない。
 動かない橋に爆弾を落とすとのとは違い、標的のネウロイは動き、攻撃してくる。さらにそこが敵根拠地である以上、大型の陸戦ネウロイ『ジグラット』がいるのは確実だ。
 スラッセンにおける戦いででジグラットを撃破できたのは、カールスラントの地上攻撃エース、ハンナ・ルーデル大尉と、彼女の操る三七ミリ対戦車砲の力によるものだ。智子たちでは到底戦果を挙げられるとは思えない。
「それに関してですが」
 ハッキネンは数枚の写真を取り出し、デスクに広げた。
 智子ら3人が顔を寄せ合うようにして覗き込むと、何やら得体のしれない、馬鹿でかい塊が写っていた。
「まさか、こいつは……」
 身体から何本ものビルを生やした蟹のような姿に、豪胆なビューリングも息を呑んだ。
「はい、ジグラットです。以前スラッセンで撃破したものの5倍近い大きさです」
 ハッキネンは淡々と言ってのける。
 5倍だって?
 想像を遥かに絶する大きさに、智子たちは絶句した。エルマなど、はやくも怯えて泣きそうな顔になっている。実物をみたらショックのあまり気絶してしまうのではないか……。
「恐らく、ラドガ湖畔のネウロイ達が用意した最終兵器ということなのでしょう。しかしジグラットはこの一体のみ。航空戦力は小型のラロス改がほとんどで、ディオミデイアや人型のものは確認されていません」
 だからといって、どうしろというのだ。ここまで大きいと手のつけようがない。またルーデル大尉を呼んでこられるのなら、いくらか話は変わってくるのだが……。
「それと今回は多国から援軍を呼ぶことは出来ません。スオムスと義勇独立飛行中隊でこの怪物にあたります」
無理。
思わず言いそうになって、智子は口を噤んだ。
「その代わり、特別に地上攻撃中隊を組織し、義勇独立飛行中隊と第1中隊には、その護衛についてもらうことになります」
「ちょっと待ってください、司令。そうは言っても、あのルーデル大尉ですら手こずった相手です。急ごしらえの地上攻撃部隊では対抗できないのでは?まして、前回の奴とは規模が違う」
 ビューリングが冷静に懸念を述べた。智子たちよりルーデルとの付き合いは古い。その凄さをよく知っているだけに、覚えた不安も大きいのだろう。
「スオムスには優れた腕を持ちながら、機材の不足で飛べないウィッチが多くいます。その中から選抜された者が、他国で地上攻撃や夜間戦闘の訓練を受けて優秀な評価を受けているのです。無論、ルーデル大尉には及ぶべくもありませんが、そう悲観したものでもありません」
 なるほど、素人ではないというわけだ。こう言われては、ビューリングも形だけは納得せざるを得ない。
「それなら私たちに爆弾持たせないで、呼び寄せたらよかったんじゃ……」
 おずおずと、エルマが言う。智子とビューリングはたしかにと頷いた。
「要請は出していましたが、間に合わなかっただけです」
 ハッキネンにばっさりと切り捨てられたが、智子たちの胸には若干の不信感が燻っていた。実戦経験のない地上攻撃部隊。自分たちが慣れない地上攻撃任務につかなくていいのはありがたいが、だからといって頭から信用する気にはとてもなれない。
 ハッキネンは逸れかけた話を半ば強引に引き戻し、
「今回の作戦には国内からさらに、一個中隊が援護として加わります」
「随分と念を入れるんですね」
 智子の声には皮肉な響きがある。これまで散々人手不足に泣かされて来たから、というだけではない。
 この作戦が成功すれば、スオムスを襲うネウロイの脅威はずっと減る。スオムス軍全力を上げてでも成功させたい作戦のはずだ。それなのに、援軍は二個中隊のみだと言う。いかに戦力不足とは言え、ケチにすぎるではないか。
 そんな智子の不満は伝わっているのだろう。
「心配には及びません。数は少なくとも、スオムス空軍の誇る最精鋭です」
 ハッキネンは、そう付け加えた。
 もしかすると、ハッキネン自身、智子と同じ気持ちだったのかもしれない。だとするとちょっと申し訳ないが、それはそれ。智子は鼻を鳴らし、ハッキネンの次の言葉を待った。

 静かになった司令室のドア越しに、こちらへ近付く二つの声が聞こえてきた。
「タツ。ヨッペたちに第一中隊には近寄るなと言っておけ」
 先に聞き取れるようになった声は快活そのものであった。まだあどけなさを残した高い声ながらも自信に溢れ、覇気を漲らせている。
「もう言っておいたわ。うちの子たちに手を出されてはかなわないもの」
 もう一つは落ち着きと温かみを持った声音だった。地味だが、聞くものを安心させる。
 声は、司令室の前で止まった。
「ルーッカネン中尉、参りました」
「入りなさい」
 快活な方の声が名乗り、ハッキネンが答えた。
「えぇっ!?」
それを聞いて、エルマが勢い良く立ち上がった。普段ではあり得ないくらい機敏な動きに、智子とビューリングは驚いた顔を見合わせた、が……。
「うそ!?」
 入ってきた少女の顔を見るや、智子も同じように立ち上がってしまった。
「……なんだっていうんだ」
 一人取り残されたビューリングが、つまらなそうに呟く。
「武子……?」
 勿論、エルマと智子が驚いた理由はまったく違う。
 そもそも智子は、部屋に入ってきた二人のことをまったく知らないのだ。驚いたのは、小柄な方の少女が、親友の加藤武子と瓜二つの顔をしていたからだ。サイズは本物より二周りも小さいし、スオムス人特有の色素の薄い肌と髪をしてはいたが……。
「二人とも、座ってください」
 ハッキネンの冷静な声で、二人はようやく我に帰った。
「自己紹介を」
「エイラ・アニタ・ルーッカネン中尉だ。エイッカでも、ルーッカネンでも、好きな方で呼んでくれ。だが、エイラは駄目だ。ウチの部下に同じ名前の奴がいるからな。被る」
 背の低い、武子によく似た顔の少女が先に名乗った。それからやや間を置いて、その背後に影のように控えていたのっぽのウィッチが、
「タニヤ・マイリ・フハナンチ中尉です。タツと呼ばれています。宜しくお願いします」
 微笑みながら、淑やかに挨拶をする。
 どうやらみためだけではなく、中身も正反対なようだ。
 フハナンチは幼いルーッカネンを立てる姿勢を崩さなず、まるでルーッカネンの部下のようだ。なんだか違和感があるが、そういう例外もあるということだろう。
「援軍というのは、この二人だけか?」
 胸ポケットから煙草を取り出しつつ、ビューリングが聞いた。
「いえ、彼女らを含めた六名、一個中隊が今回の作戦に参加します」
「なるほど」
 ハッキネンの答えを聞きつつ、ビューリングは煙草に火を灯した。
「おい、そこのブリタニア人」
 それを見て、ルーッカネンが大股でビューリングに歩み寄る。
「なんだ?」
 顔だけを上げて反応したビューリングの口元から煙草が消えた。そして次の瞬間には、ルーッカネンの細い指に挟まれている。
「……何をする?」
「司令室は禁煙だ」
 そう言いつつ、ルーッカネンはタバコを咥え、美味そうに煙を吐いた。
「……禁煙じゃなかったのか?」
 険悪なムードになるかと思いきや、意外な行動に出られてビューリングも毒気を抜かれたらしい。
「没収」
 咥えた煙草の先をぴこぴこと揺らしながら、ルーッカネンは少年のような笑顔を浮かべた。
 武子の笑顔とはまったく似つかない笑顔。顔つきが同じでも、人によってまったくちがう笑顔になるというのが面白い。最初こそ面食らったが、親友の面影を持つこの少女に、智子は興味を抱き始めていた。
「ねぇ、あなた……」
 話しかけてみようと口を開いたその時。
「す……」
 唐突に、それまで黙っていたエルマが口を開いた。
「すごいです!!!!!!」
「は?」
 一同狐に包まれた顔で、エルマを見る。
 エルマは顔を真赤にして胸の前で手を組み、
「すごいです!すごいことですよ智子中尉!」
「えっ。私にふるの?」
「そうですよ!すごいんです!L戦闘機隊と一緒に作戦を行えるなんて!スオムス空軍の誇る最精鋭!メルスこそアホネン大尉の中隊に取られてしまいましたが、旧式機でそれと並ぶ戦果を上げる遊撃隊!」
「まぁ、遊撃隊という程スマートなものでもないが……。褒められて悪い気はしないが、実質は空飛ぶゲリラといった所だ」
 ルーッカネンがはにかんで見せた。自分の所属する中隊がほめられるのは、やはり嬉しいのだろう。
「L戦闘機隊?」
「ああ、それはうちの中隊の別名だ」
 智子の怪訝そうな声に、ルーッカネンが答えた。
「ルーッカネンのLを取って、L戦闘機隊。スオムス空軍飛行第二四戦隊第三中隊の別名だ」
「へぇ?」
「我々スオムス空軍では、一部の中隊の戦力を増強し、分遣隊としてあちこちに派遣することがよくあるんです。その時、中隊長の名前を付けるのがならわしになっていまして」
 にこにこと、フハナンチが後を受ける。
「へ、へぇ……。そうなの……」
「?穴拭中尉はなんだか納得していないようだが……」
「いえ、なんでもないわ……」
 智子は気まずげに視線をずらした。中隊長がフハナンチの方だと思っていた、なんて流石に言えるはずもない。
 敢えて言い訳させてもらうなら、どう見てもルーッカネンはハルカと同年代である。それが智子より年上に見えるフハナンチと並んで現れたら、誰だってフハナンチの方を上に見るだろう。見るに違いない。いや、見るのだ。
「と、とにかく」
 智子は咳払いをして取り繕うと、戦意を漲らせた顔でルーッカネンを見据えた。
「そのL戦闘機隊の凄さ、ちょっと見てみたいわね」
 ルーッカネンは自信にあふれた顔で頷いた。

「これ、バッファローじゃないの」
 ハンガーで智子が目にしたL戦闘機隊のストライカーユニットは、以前キャサリンが装備していた旧式のものと同一の機種だった。
「私たちはブルーステルと呼んでいる」
 ルーッカネンは愛おしげに自身の愛機を撫でた。
 一列に並ぶ他のブルーステルには山猫のマークが描かれていたり、ひとつだけ撃墜マークと思しきものが描かれたものもあるが、ルーッカネンの機体だけはBWー393という識別番号と、スオムス空軍のマーク以外何も描かれていない。
「リベリオンでは開発競争に敗れた旧式だと言うが、私たちにとっては宝も同然だよ。何だったかな、タツ?なかなか詩的な例え方をした奴がいたな」
「タイバーン・ヘルミ。空の真珠ですね」
「そう、それ。まさにそれだ。淑女が身につけるにふさわしい」
「まぁ、物資が乏しいならそうなるでしょうけど……。でも、流石にこれじゃあ私たちの相手にはならないわよ」
 智子の不満もある意味では最もだ。彼女たち義勇独立飛行中隊は、皆最新鋭の機種を装備しているのである。
「一対一ならな。だが、私たちは一人じゃない」
 愛機を馬鹿にされているにも関わらず、ルーッカネンは眉ひとつ動かさない。それどころか、不敵な笑いすら浮かべていた。
「タツ。みんなを呼んでこい」
 智子もビューリングに全員を集めるよう伝える。ただし、先程まで訓練で飛んでいたハルカとジュゼッピーナは地上で見学とした。二人ともへとへとになるまで飛んでいたこともあるが、旧式機相手ならば五対六で調度良いハンデになると考えたのだった。
 ビューリングは何か言いたげだったが、結局何も言わず首を振ってハンガーから出て行き、五分後、義勇独立飛行中隊とL戦闘機隊のメンバー全員が顔を合わせた。
「紹介しておこうか」
 ルーッカネンはまず背が高く、ガタイの良い魔女を指差した。
「ビルギット・ピヨツィア准尉」
「アタシのことはヴィッキと呼んでくれ。まぁ、アイティ(おっ母さん)なんて呼ぶ子もいるけどね」
 ピヨツィアは豪快に笑う。手を差し伸べると、力強く握り返してきた。
「続いて、こっちの辛気臭く俯いてるのが、ヨセフィーナ・カルフネン少尉」
「……」
「……おい、ヨッペ。挨拶しないか」
「……よろしく」
「その子、具合でも悪いの?」
 カルフネンと呼ばれた少女は、なんだか顔色が悪い。智子は心配そうに顔を覗き込んだが、ぷいと顔をそらされた。
「気にしないでくれ。最近不運続きでちょっと落ち込んでいるだけだ。腕は良いんだが……」
 ルーッカネンはため息をつき、続けて背中に太い三つ編みを垂らした少女を紹介した。
「ペトラ・テレルヴォ・ティッリ上級軍曹」
「よろしくお願いします!」
 ティッリはお行儀よく頭を下げた。どうやら元気で素直な娘らしい。
 ここカウハバに来てからというもの、智子の周りにはよくも悪くもユニークな連中ばかりで、このティッリのような性格の少女は返って新鮮だ。
 感動にも似た思いを抱きながら、智子はティッリと握手を交わした。
「そして、エイラ・イルマタル・ユーティライネン曹長……、あれ?イッルは何処に行った?」
 ルーッカネンがティッリの横を指したが、そこには誰もいない。
「あー、隊長。ココ。ボクの後ろにいます」
 ティッリは苦笑しながら、自分の背後を指さした。
「そんなところに……。こら、出てこんか……!」
 小柄なルーッカネンに引き摺り出された少女は、さらに小さかった。銀色がかったショートカットと、飛び抜けて白い肌の組み合わせがまるで人形だ。瞳は何を見ているのか……、澄んだ水晶のようで、覗き込んだら吸い込まれてしまいそうな不思議な色をしている。
「あ、こら……!まったく、知らない人がいるといつもボクを盾にするんだから……」
 智子が見とれていると、ユーティライネンは再びティッリの背後に隠れ、
「イッル……」
 消え入りそうな声で自分のあだ名を名乗った。
「可愛い……」
 智子の思わず呟いた一言に、義勇独立飛行中隊の面々は過敏に反応した。
「だ、だだだだだダメですよ智子中尉!イッルちゃんは若干十一歳にして撃墜十機のエースなんですよ!スオムスの宝なんです!絶対にダメですから!!」
 エルマが慌てれば、
「この浮気性!」
「私というものがありながら!」
 叫ぶジュゼッピーナとハルカがあり、
「相変わらず節操のない女ねー」
 呆れるキャサリンに、
「ロリコン……」
 いわれのない嫌疑をかけるウルスラまで。
 ビューリングだけは何も言わなかったが、助け舟を求めて視線を向けると、慌てたように逸らされた。
「ちょっと待ちなさいよ!みんなしてなんなのその反応!?おかしいわよ!」
 例え本当に下心がなかったとしても、智子の抗議は虚しいだけである。なにせ、日頃の行いが行いなのだから……。
「あ、あー……。そろそろいいかな?」
 ルーッカネンと、彼女の中隊はすっかり置いてけぼりである。
「う、ごめん……」
 智子は釈然としないながらも、おとなしく詫びた。
 自分の中隊の不始末だ。中隊長の私が責任を取るのは当然の事……。そう、私は悪くないけど。絶対に悪くないけど……。
「ルールは、そうだな。ペイント弾を使った同位戦。先に相手を全滅させるか、大将首を取ったほうの勝ち。それでどうだろう」
「そちらのストライカーは旧式でしょ?こっちが劣位でいいわ」
「大した自信だな」
「そうでもないと思うけど」
「まあ、いいさ。私もどうせなら勝てる戦いがしたい。そちらが譲ってくれるなら、ありがたく勝たせてもらおう」
 ルーッカネンはそう言って、部下たちに向き直った。
「そっちこそ、大した自信じゃない」
 智子のつぶやきは、楽しげな響きを伴っていた。

「どうしてわたくしが……」
 文句を言いつつも、なんだかんだで付き合いの良いミカ・アホネン大尉が審判役に引っ張り出された。
「よーい、はじめ!」
 銃声が虚空に響く。
 同時に、ルーッカネンのロッテを先頭に、L戦闘機隊は一矢乱れぬ編隊で降下した。
 それを、智子・キャサリン・ウルスラの三機編隊(ケッテ)と、ビューリング・エルマの二機編隊(ロッテ)は左右に分かれてかわした。
 ブルーステル編隊は、地面ギリギリまで降りると、再び上昇する。ここで編隊が三つに別れた。ルーッカネン・ユーティライネン、フハナンチ・ティッリ、カルフネン・ヴィッキのロッテである。編隊が二つしかない智子たちを混乱させるつもりらしい。
「ビューリング!私たちがあの動きが遅いのをやるわ!他の二つを引きつけて!」
「わかった。しくじるなよ」
 一言多いのよ……!
 余程言ってやろうかと思ったが、訓練とは言え無駄口を叩く余裕はない。口をつぐみ、前を飛ぶ標的に目を据えた。
 フハナンチのロッテが近づいてくる。
 智子は銃を構え、狙い、トリガーを引いた。
 だが、フハナンチとティッリは左右に身を動かしながら射線をかわす。
「あたらない……」
 ウルスラが悔しげに呟いた。
「腕が良いとこんなにもちがうもんかねー」
 かつてバッファローを装備していたキャサリンは、射撃そっちのけで感心している。
 確かに、キャサリンの使っていた頃はここまで旋回性能の良い機体だとは思わなかった。もちろん、そのころ智子が使っていたキ27とは比べようもないが……。
 フハナンチのロッテはのらりくらりと射撃をかわしつつ、徐々に高度を上げていく。そうしてまたある程度の高度を得た後、突然急降下にうつって智子たちへ襲いかかった。
「あっ……」
 ウルスラのストライカーに、黄色いペンキが付着する。そのままウルスラは脱落となった。

 一方そのころ、ビューリングとエルマは二つの編隊に追い回されていた。高速を活かして逃げまわるが、逃げるだけでは勝てない。
 ビューリングは舌打ちした。
 智子はまだあちらのロッテにかかりっきりだ。いつ来られるのか……。
 相手は下降してきては、追いかけるこちらをかわして上昇し、再び下降してくる。それを延々と繰り返す様はまるで振り子だ。攻撃をかわして上昇する相手を捕まえようと追いかけると、左右に身をかわされてついていけない。
 ビューリングのスピットファイアだけであれば難なく捕まえられただろうが、今は一人ではない。エルマのメルスが付いて来られなくなる。
 そんな状況であっても、エルマをひとり置いて敵機に向かうという選択肢は、今のビューリングに無い。
 仲間と共に勝利する。そのために今するべきことは何か……。冷静に思案するビューリングの目の端に、智子たちが飛び込んできた。
 智子の追いかけるロッテは、どうやらあまり戦う気がないようにも見える。
「……そうだ。おい、トモコ、聞こえるか」
「ちょっと待って、今ウルスラがやられて……!」
「いいから聞け。良いことを思いついた」

 一転。智子はフハナンチを追うのをやめ、高度を下げた。ビューリングたちも合わせて下降し、合流するかのような機動をとっている。
「何をする気かな」
 ルーッカネンが楽しそうに呟きながら、合流ポイントと思われる場所に進路を向けた。
 相手は高速機だ。鈍重なブルーステルでは、二手三手先を読んで先回りしなければとても捕まえられない。
「エイッカ、あいつら」
「ストップ」
 僚機のユーティライネンが何かを言おうとするのを、ルーッカネンは制止した。
「今回はお前の力は無し。口を閉じて私に着いてこい」
「でも」
「これも訓練だ。いつも言っているだろ?自分の能力ばかり頼るなと」
 ユーティライネンが頬を膨れさせたので、ルーッカネンは苦笑した。
 エースと言ってもまだまだ子どもだ。動作が一々幼い。いや、十四歳の自分が言えたことではないか……。
「それにさ」
 カルフネンに上昇して上から合流ポイントを襲うように命令し、ルーッカネンは続ける。
「?」
「ネウロイ相手じゃこんな読み合い、出来ないだろ?勿体無いじゃないか、こんなに楽しいのに」
 よくわからない、という風にユーティライネンは首を振った。
 眼下では、まさに智子たちが合流しようとしている。上空からカルフネンが身を傾けて襲いかかろうとした。
 その時だ。
 視線を上に向けた智子はにやりと笑った。悪寒が背筋を走り抜けた。
「待て!ヨッペ!」
 ルーッカネンが声を張り上げたが、もう遅い。頭を下に向けたカルフネンとピヨツィアは、勢いをつけて下降していた。
 智子のロッテは頭を上に向け、急上昇に移る。
「馬鹿な!」
 下降と上昇のヘッドオン。正面から撃ち合うつもりか。それにしたって、これは無謀すぎる!
「扶桑の魔女は近接戦闘に長けるというが、だからといって……、いや、違う!」
 カルフネンは無理やり頭を上げ、横へ逃れようとした。軍刀を抜き払った智子とすれ違うのが自殺行為だと思ったのだろう。
「判断ミスだ……!」
 慌ててカルフネンを追うルーッカネンの口から、呻きが漏れた。
 減速したカルフネンの背後にビューリングとエルマが迫り、あっという間にカルフネンとヴィッキはペンキまみれにされてしまった。援護する間もなかった。
 智子らを避けるにしても、もっと低空まで降りるべきだったのだ。ブルーステルの低空での性能は悪くない。智子の気魄に圧されて動転したのかもしれないが、あの状況で頭を上げるなどあってはならないことだったのだ。
 ルーッカネンは唇を噛みしめる。
 智子たちは、最初からヘッドオンで撃ち合う気などなかった。相手をビビらせた方が勝つ、チキンレース。馬鹿げた作戦に違いはないが、ルーッカネンは負けを認めざるを得なかった。

 四対四となってから決着が着くまでには、そう時間がかからなかった。
 智子たちは返す刀でフハナンチらを撃墜した。粘り強く戦っていたフハナンチも、前後から智子とビューリングに挟まれてはどうしようもない。
 とはいえ、一方的に撃破できたわけではなかった。引き換えにキャサリンとエルマが撃墜され、二対二の戦いに持ち込まれた。
 編隊を組み直した智子とビューリングは苦戦したが、結果的にルーッカネンを撃墜。勝利を決めた。
 だが、智子とビューリングの顔は晴れない。
 ルーッカネンの僚機である、ユーティライネンの動きが引っかかっているのだ。
 ことごとく射撃をかわされた上、驚くほど正確な偏差射撃を見舞ってくる。肝を冷やしたのは一度や二度ではない。様々なエースと肩を並べて戦った経験のある智子でも、これほどの相手とやりあった経験はなかった。技倆や勘といったものを超越した何かを持っているとしか思えない。
「あの子、何者なの?」
 滑走路に座り込んで煙草をふかすルーッカネンの隣に、智子は腰を降ろした。ルーッカネンは先程の負けを気にしていない風で、相変わらずその顔には自信が満ちている。
「イッルのことか?」
「ちょっとあり得ないわ。あなたがもっと彼女を使っていれば、結果は違っていた」
 先ほどの模擬戦で、ユーティライネンは何度も決定的な機会を逃していた。ルーッカネンが意図的に邪魔していたようにも見え、智子はそのことを言っているのだ。
「イッルには、未来が見えてるからな」
「はぁ?」
 ルーッカネンは短くなった煙草を捨て、新しいものに火をつけた。
「比喩でもなんでもない。本当のことだよ。固有魔法というやつだ。あいつには全部予知できていた」
 固有魔法の存在感を、智子も知らないではない。しかし未来予知の魔法を持った魔女がいようとは、想像したこともなかった。
「道理で手こずるわけだわ……。っていうか、反則じゃない」
「まぁ、味方にしたら、あれほど心強い能力もない」
「で、どうしてあなたはそれを使わせなかったの?」
「訓練にならないって言うのと……、そうだな。固有魔法やらエースやらに頼るのは私たちのやり方じゃないってところかな。別にあんたたちをなめてたわけじゃない」
 みんなで戦わなきゃな。ルーッカネンは煙を吐き出しながら、そう付け加えた。
 澄ました顔は武子に本当にそっくりだと、智子は思う。そういえば、戦い方も最後まで個人プレーとは縁がなかった。スタンドプレーの得意なビューリングの奇策にひっかかりはしたが、指揮ぶりも見事という他ない。
 顔つき以外は全然似ていないのに、髪や肌の色さえ違うのに、戦い方や小さな仕草のひとつひとつに武子をにおわせるものがある……。
「……っ」
 突然、智子は自分の頭をぐしゃぐしゃとかきむしりだし、それを見るルーッカネンの目が怪訝な色に変わった。
「ど、どうした……?」
「ああ、もう!癪だわ!なんかもう本当に癪だわ!!」
「はぁ……」
「なんでもないわよ!!」
 そう叫ぶと、智子は身を翻し、ハンガーの方角へ歩き出した。
「あ、そう……」
 ルーッカネンの視線が、智子を哀れんでいた。


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テーマ : 自作小説(二次創作)
ジャンル : 小説・文学

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