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スオムスいらん子中隊涙する 第二章 彼女たちの日常



 早朝。ビューリングは散歩がてら、滑走路を歩いていた。
 清らかで引き締まる様に冷たい空気を吸うためではない。吸うのは紫煙だ。
 煙草を咥え、火を付けると、
「やあ、少尉。いい朝だな」
 丁度息を切らせたルーッカネンが、こちらに向かって走ってくるところだった。
「おはようございます、中尉」
 他の部隊の人間ということもあり、ビューリングは敬語を使った。
「トレーニングですか」
「ああ。だが、私だけじゃないぞ」
 ルーッカネンは胸ポケットから煙草を取り出しつつ、顎でしゃくってみせた。
 その方向からは、のっぽのフハナンチを先頭に、L戦闘機隊の面々が列になって駆けてくる。
 ユーティライネンの姿もあった。フハナンチとカルフネンの間に挟まって、黙々と駆けている。
「毎朝、毎朝……、もうやだぁ……」
「アンタはまたそんな事いってんのかい!シャキっとおしよ!」
 おさげのティッリが、ピヨツィアに尻を叩かれながら最後尾を走り、格納庫へと向かっていった。
「鍛えておかないとな」
 呟きながら見送ったルーッカネンは、煙草を咥え、ゆっくりとした動作で火を灯した。
(中々厳しい隊長らしいな……)
 ビューリングは何となく、出会ったばかりの、やたら訓練訓練とがなりたてていた頃の智子を思い出した。
「穴拭中尉は?」
「ああ、彼女はその、少しばかり、起きるのが遅いもので」
 ビューリングは言い淀んだ。
「ふむ。意外だな」
 智子の寝坊の理由をおしえたらどうなることか……。いつまでも隠し通せはしないだろうが、敢えて今バラしてしまうことでもない。
 それはそれとして、早く対策を練っておきたいところではある。
 なにせ、この頃ハルカとジュゼッピーナはどこで身につけたものか、縄抜けという器用な芸当をしてのける。
 お陰で寝不足だ。毎晩智子の嬌声を聞かされるこちらの身にもなってもらいたい。そもそも、自分だって年頃なのだ。あんな声を間近で聞かされて、そうそう平静でいられるわけが……。
 ビューリングは慌てて頭を振った。
「どうした、少尉?」
「……お気になさらず」
 毒されている。自分は違うのだと、繰り返し繰り返し、心のなかで呟いた。
「時に少尉」
「はあ」
「昨日穴拭中尉が私に向って言った、タケコ、という言葉にはどんな意味があるのだ?」
「ああ、それは恐らく……」
 昨日、初対面のルーッカネンの顔を見て、智子が勢い良く立ち上がった時のことを思い出した。
「それは恐らく、彼女の親友、加藤武子中尉のことでしょう。以前写真を見たことがありますが、あなたにそっくりです」
 随分と智子のことを知りたがるな、などと思いつつ、正直に応えておく。
「そんなに似ているのか?カトウタケコは扶桑人なのだろう?」
「ええ、まあ。年齢もあなたより上ですが」
「ふうん……」
 ルーッカネンはあまり納得していないようだ。
「トモコは感情的というか、ことが人間関係に及ぶとどうも、ウェットになるところがある。肌の色こそ違いますが、何かしら思ところがあるんでしょう」
 ビューリングは言葉を切り、肩を竦めた。
 それ以上は知らない。あとはトモコに聞いてくれ、というわけだ。
「わかったよ。ありがとう、少尉」
 まだ完全に納得してはいないようだが、これ以上は本人に聞くほかないと諦めたのだろう。ルーッカネンは煙草を消すと、
「それでは失礼する。これから朝食なのでね」
 そう言って、小走りで格納庫へと駆けていった。
 それにしても、一々堂々とした仕草だ。あれで十四歳だというが、中々の指揮官ぶりじゃないか。偉ぶらず、自然体で、尚且つ威厳も備えている。
 それに比べ、我らが中隊長といったら……。年下の部下たちに毎晩毎晩良いようにされ、嬌態を晒している有様だ。
 不良軍人のビューリングが言えたことではないが、せめてもう少しだけでも威厳を持ってもらえないものか……。
「他は合格点なだけに、な……」
 今更ながら、自分が苦労性だということに気付かされるビューリングであった。

 ビューリングが食堂に入ると、毎朝恒例の乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。
 智子を挟んで右手にジュゼッピーナ、左手にハルカ。智子は顔を真っ赤にして、俯き加減に小さくなっていた。
 五回だの、六回だの言っているのは、まぁ、撃墜回数なのだろう、その、智子の。
「毎朝毎朝よくやるねー」
 振り返ると、湯気の立ち上るスープと固そうなパンを盆に載せたキャサリンが立っていた。
「お陰で寝不足だ」
 キャサリンも一緒の部屋に寝ていたはずだが、こちらは何故か、元気がいい。
「ミーはウルスラに耳栓もらったからぐっすりね!」
「……なるほど。私の分ももらっておいてくれ」
 キャサリンが親指を上げ、了解の合図をする。ようやく、ぐっすり眠れる夜が迎えられそうだ。
 ビューリングは自分の朝食を盆にのせ、キャサリンと向かいあって腰を下ろした。
「おはようございましゅ……」
 そこに、エルマが目をこすりながら現れる。
「エルマ?寝坊とはめずらしいねー」
「最近あまり眠れてなくて……」
「……大変ね。ユーの分も耳栓もらっといてあげるねー」
 キャサリンはぼさぼさのエルマの髪を手櫛でとかしながら請け合った。
「あれ、ウルスラはどこいったね?」
「見ていないが……。ここに来ていたのか?」
「途中までは一緒だったね」
「食堂に来てからは?」
「記憶にないねー!」
 キャサリンは笑い声を上げた。
 そんなところだろうと思った。
 ビューリングはパンをちぎり、口に入れた。あまり美味しくはないが、元々食事にこだわりはない。腹が膨れればそれで良いのだ。
「私も問題児だったはずだが……。こうしていると、まだ可愛いものだと思い知らされるな」
「そんなことないね!ビューリングも立派な問題児ね!」
「……そこはお世辞でも相槌を打っておくところだ」
「そういうものなのかねー?」
「そういうものだ」
「それにしても、あの子ほんとどこいったのかねー。朝食抜くと大きくなれないね!」
 キャサリンが大きくなりすぎた胸をゆらした。
 ウルスラがキャサリンサイズまで大きくなるところは想像できないが、朝食を抜くのが良くないという点に関しては同感だ。
 どうせどこかの小屋にこもって実験しているに違いない。あとで朝食を持って行ってやろう。
「ちょっとあんたたち!」
 突然の大声に一同が視線を向けると、真っ赤な顔の智子が、何故か着衣を乱れさせながら息を荒くして立っている。
「なんで別のテーブルに座ってんのよ!」
 流石にうるさいから、とは誰もいえず。
「邪魔したら悪いねー」
「邪魔なわけないでしょ!」
「それはどうかねー」
 キャサリンを始め、皆の視線は智子にまとわりつく二つの物体に注がれていた。
「ああん!智子中尉!置いて行かないでくださいぃぃ!」
「折角オヘア少尉が気を使ってくださってるんですし、ベッド行きましょうベッド!」
「……っ!朝から盛ってんじゃないわよ!」
 拳骨が、二匹の淫獣の頭に振り下ろされた。
「いったぁ……」
「愛を感じます……」
 ハルカとジュゼッピーナは相変わらずしぶとい。
「ああ、もう!あんた達二人は今夜から手錠をはめて寝てもらいます!」
「そのプレイは……」
「ちょっと激しすぎます……」
 本当に、しぶとかった。

 L戦闘機隊の面々は、それを離れたところから眺めていた。
「なあ、タツ。穴拭中尉は中々慕われているようじゃないか」
「ちょっと部下からなめられすぎでは……」
 会話の内容がよく理解出来ていないルーッカネンに、フハナンチは苦い顔で答えた。
「あとでハッキネン少佐に直訴しておくべきかしら……」
 フハナンチの心中は、年端も行かない仲間たちが変態魔女の毒牙にかかりはしないか、その心配で一杯である。
「過保護だねぇ」
 十七歳、部隊最年長のピヨツィアが、苦笑交じりからかった。
「悪い虫に着かれたらと思うと、夜も眠れないわ……」
 否定する気も起きない。フハナンチはこの基地の予想外に乱れきった風紀に、苦り切っているのだった。
「悪い虫に着かれない子よりも、跳ね除けちまう子の方が育てがいはあるんだけどね」
「みんながみんな、そんな子なら心配しなくて済むのだけど……。でも、みんな世間知らずだし……」
「人間痛い目を見ながら大人になるもんさ。碌なモンじゃないよ、脛に傷のない大人なんてのはさ」
「取り返しのつく失敗なら、でしょう。多感な時期に変な影響受けたりなんかしたら……。ああ、だから私はここに来るのに反対だったのよ……」
「まあまあ。過ぎたことを嘆いても始まらないさね」
「はあ……。イッル、ヨッペ、ティッリ……。この基地にいる間、ちゃんと守り通せるかしら……」
「それに、もう一人」
「ええ……。あの子が一番心配だわ……」
 ルーッカネンを見ながら、フハナンチは呟いた。
 直接迫られれば殴るなりして追い返すだろうが、そこは軍人一筋で世間知らずの中隊長だ。知らず知らずのうちにこの空気に染まってしまいかねない。
 第一、昨日からルーッカネンは智子のことを気にしすぎている。
 ウィッチとしての能力、指揮官としての力量に興味をそそられたと本人は言っているが、自身の気付かないところで別の感情を持っているのではないか……。
「頭が痛くなってきたわ……」
 フハナンチは眉間を抑えて俯いた。
 ルーッカネンの視線は、相変わらず智子に向けられている。
「……ドンマイ」
 ユーティライネンが後ろを通りざま、フハナンチの肩を叩いていった。気は重くなる一方である。

 訓練を終えたエルマは、力なく地面にへたり込んだ。キャサリンとウルスラがそれに習い、ハルカは地面にばったりと倒れ伏したきり、ぴくりともしなくなった。
「トモコ、ずいぶんと気合いはいってるね。今日という今日は殺されるかと思ったねー」
 エルマは頷いた。息が上がって言葉を出ない。
「やっぱりミーとはモノがちがうね」
 キャサリンは少し寂しそうに、空を見上げた。視線の先には智子とビューリング、そしてジュゼッピーナがいる。彼女たちはまだ訓練を続けていた。
 エルマ、キャサリン、ウルスラは、目を細めながら、三本の飛行機雲が交錯する風景を眺めている。
「眩しい……」
 ウルスラの呟きに、二人は頷いた。
「ミーも最初はあんな風になりたいって思ってたね」
「私もです……。でも、全然ダメな子で。すぐに諦めちゃいました」
 エルマとキャサリンの脇で、ウルスラは唇を噛み締めた。キャサリンも苦笑しながら、
「そうね。でも、それが一番ダメなことだったのかもしれないねー」
 そうかもしれない。あの三人だって、壁にぶつかったことがないはずはないのだ。
 ただ、エルマは挫けてしまった。キャサリンとウルスラも、そうだったのだろう。もしも諦めずにぶつかっていたら、今頃自分たちも智子のようになれていたのだろうか。
「まあ、今からでも遅くないねー。このままトモコに教えてもらえば、きっとミーたちでも二十歳までには一人前になれるね!」
 くすり。キャサリンの楽観的な言葉に、エルマは笑いをこらえられなかった。
 そうだ、確かにその通り。私たちだって、少しずつだけど前に進んでいるじゃないか……。
「じゃあ、見捨てられないように頑張らなきゃですね」
「差し当たっては明日の訓練からがんばるね!」
「……楽しそうね、あんたたち」
「わっ!?」
 驚いたエルマたちが振り返ると、汗だくの智子が仁王立ちしていた。その後ろには、ビューリングとジュゼッピーナもいる。まだ元気の余っていそうな智子とは違い、二人は流石に疲れた顔をしていたが。
「いつのまに降りてきたね?」
「今よ今。まったく、くっちゃべってる暇があったら訓練に戻ってきなさいよ」
「別におしゃべりしてたわけじゃないね。決意を新たにしてただけねー」
 ねー、と声を合わせるキャサリンとエルマ。ウルスラも小さく頷いた。
「……。よくわからないけど、まだ余裕があるってことだけはわかったわ。明日から訓練の量増やすから」
「鬼!鬼がいるね!」
「誰が鬼よ!」
「……なんでそんなに元気なんだお前らは」
 呆れたようにビューリングが呟いた。
「ビューリングもなんか言ってやるね!明日から足腰立たなくなるまでしごかれるね!」
「そいつは困るな」
 さっきまでしんみりしていた雰囲気が、まるで嘘のように明るくなった。智子がそばにいるだけでこんなにも変わってしまう。
「エルマも何にこにこ笑ってるねー!このままじゃサディストのトモコに訓練で殺されちゃうね!」
「サディストじゃないわよ!?」
「えっ!?……わ、笑ってました?」
 そんなつもりはなかったのに。エルマは自分の頬を抑えた。
「まあ、おかしいのは認めるがな」
 クールなビューリングは、睨む智子の剣呑な視線も気にせず、相変わらずのマイペースで煙草に火を灯している。エルマなら震え上がるどころか、腰も抜けかねないというのに。
「ああ……、トモコ中尉……。サディストなあなたも素敵です……」
 ジュゼッピーナはそう言うと、頬を赤らめながら智子の前に回り、目を瞑った。キスをせがんでいるようにも見えるが、この場合は平手打ちを待っていると見た。
「だから違うっていってるでしょ!?うっとりしてるんじゃないわよ!頬差し出さないでよ!打たないからね!」
「そうですよ!智子中尉は打たれる方が好きなんですから!」
 そこに、死体のようだったハルカまでが起き上がって加わった。この智子が絡んだ時の、ハルカの体力と根性のすごさといったら。エルマはいつも、感心を通り越して恐怖すら覚える。
「ほっぺがいいですか……、お尻がいいですか……」
「ほっぺ叩いてください……、お尻でもいいです……」
 ぶつぶつと呟きながら、智子に迫る二人。追い詰められた智子は刀の柄に手をかけ、
「いい加減にしなさいよ!斬るからね!私に触ったら斬るからね!」
 ぷつりと鯉口を切るのが目に入ると、ハルカとジュゼッピーナは素早く回れ右をして逃げ出した。刀を抜いた智子との、追いかけっこが始まる。
「まったく……、賑やかなだな。いつものこととは言え」
 皮肉げに呟くビューリング。でも、どことなく楽しそうだ。
「っていうかハルカはもう動けなかったんじゃないのかねー」
「智子中尉が近くにきたから回復したんですよ、きっと」
「なるほどねー」
「それにほら、私たちだって」
「ん?」
「私たちだって元気になってるじゃないですか。智子中尉が一緒なら、頑張れるんですよ私たち!」
 エルマは拳を握って力説したが、三人はあからさまに言い淀んだ。
「あ、あれっ……」
「エルマ」
 キャサリンが一歩前に進み出て、エルマの肩に手を置いた。
「恥ずかしい台詞はほどほどにするね」

 ジュゼッピーナやハルカとの追いかけっこを終えた智子は、木からぶら下げられた二人を放置し、シャワーを浴びに官舎へと向かった。
 途中、何故かエルマがいじけていたが、理由がわからず慰めようがない。聞いても語ろうとはしなかったので、仕方がなしに時間が解決してくれるのを待つことにした。
 ビューリングたちは先にシャワールームに入っていた。
「トモコー?ほんとに明日の訓練増やすねー?」
 ウルスラの髪を洗いながら、キャサリンが声をかけてきた。
「当たり前でしょ。今まで少なめに抑えてたんだから。これでようやく普通の量にもどせるってものだわ」
 答えながらバルブをひねると、温水が降ってくる。キャサリンの呻く様な声は、水音にかき消された。
 シャワーはウィッチにだけ許された特権の一つで、基地司令のハッキネンのような一部分を除けば、他の人員は使用を許されない。燃料が足りないので、あまりシャワー用のお湯を沸かしていられないのだ。もっとも、基地にいるのはほとんどがスオムス人。みんなサウナと湖があれば充分で、智子らウィッチを羨む声は皆無に等しいのだが。
 おかげで誰に気兼ねすることも無く、文句を言うことができる。
「たまにはお風呂に入りたいわ……」
 扶桑人の智子にとって、湯船に浸かれない生活はなかなか苦痛なものだ。せめてドラム缶を手に入れようと考えはしたものの、なかなか実行に移せないでいる。
 まあ、ドラム缶を確保できたところで問題は多い。燃料は枯れ枝を集めるにしても、ドラム缶をどこに置いたものか。男に覗かれるような場所は絶対に駄目だ。だからといって、基地から遠く離れた場所では不便にすぎる。となると、人気の少ない官舎の裏側が一番か……。
「トモコー、エルマとウルスラ連れて先に上がってるねー。あと、訓練はお願いだからこれまで通りにしてねー」
「はいはい。……訓練は増やすけど」
 ぴしゃりと扉の閉まる音がし、智子は一人、シャワールームに取り残されたことを知る。
「さて、と」
 夕食まではまだ時間があることだし、ハルカとジュゼッピーナに怯えずシャワーを浴びられる滅多にない機会だ。今日はゆっくり浴びていこう。智子は念入りに身体を洗い始めた。
 智子は特に意識するでもなく、身体を清める温水の気持ち良さに鼻歌交じりで目を細めている。だが、薄い泡の衣を身にまとい、黒く艶やかな髪が水を含んで肢体に張り付いている様子はなんとも艶めかしい。お転婆な智子の性格を知る者でさえ、息を呑まずにはいられない姿だ。
「……ご機嫌だな」
「きゃっ!?」
 突然かけられた声に、身を隠すようにして振り向いた。裸のビューリングが、特に身体を隠すでもなく、平然と立っている。
「……すまん。別に驚かすつもりはなかったんだが」
 ビューリングが、気まずげな表情を浮かべた。
「な、なによ」
 気まずいのは変な声をだしてしまったこちらの方だと、智子は言いかけたが、言葉は出てこなかった。
 ビューリングの身体に見とれたわけではない。そのしなやかな身体のあちこちにある、痛々しい傷跡に息を呑んだのだった。
 ビューリングからすれば、これらは笑われこそすれ、哀れみを受けるような代物ではない。過去の自分が支払った、愚行のツケだからだ。
 しかし智子は、少なくとも智子だけは、その傷を笑うわけには行かない。その中のいくつかは智子を庇って負ったものである。自分の頑迷さがつけた傷を、どうして笑えるだろう。
「そんなにじろじろ見るな。恥ずかしい」
 表情を暗くした智子に、ビューリングが苦笑した。
「残るの、その傷」
「残る」
 即答だった。智子は俯いた。
「私が勝手にやったことだ。お前の気にすることではないさ」
「あんたはいつもそうよ……」
「性分だからな。それに、私はこの傷に残って欲しいと思っている」
「なんで……」
「変われた証拠だから」
 智子はわかったようなわからないような、困った表情を浮かべた。ビューリングはひと呼吸おいて智子を見つめ、
「それに、こいつがあるとお前と交渉するときに便利だ。傷が痛むといえば、甘いお前のことだ。嘘だとわかっていても私の言うことをきいてくれるだろう?」
 口元に皮肉な笑みを浮かべながら、そう言ってのけた。
「……やっぱり気にするのやめるわ」
「その方が身のためだな。ハルカあたりにこの手口を真似されると、取り返しがつかなくなるだろうし」
 ビューリングの何気ない皮肉に、智子の顔が真っ赤に染まった。
「やれやれ……」
「な、何よその顔」
「ああ、なんでもないなんでもない」
「ちょっと、待ちなさいったら!」
 背を向けたビューリングが、首を振りながら立ち去ろうとする。智子は慌ててその手を掴んだ。
「……っ!?」
「ふぎゃっ」
 だが、慌てすぎた。勢いが着きすぎてビューリングの背中に突っ込んでしまう。そのまま二人の視界がぐるりと回転した。
「つ……っ」
「いったぁ……」
 どこをどうしたものか、智子がビューリングを押し倒す形になっていた。
「ち、ちちちちちちちがうのこここここれはね、ちがう。勢いよ!勢い!」
 智子はパニクっている。ビューリングに覆いかぶさったまま退こうともせず、支離滅裂なことをまくし立てている。ビューリングは呆れ顔で、
「……何を言っているんだ、お前は」
「だから私はレズじゃなくてあなたも違うからこれは事故!」
「わかった、わかったから落ち着け。というか退いてくれ」
 ビューリングは智子の肩に手をやり、押しのけようとした。手が肌に触れた瞬間、智子はびくりと身を震わせ、硬直する。
「お、おい?トモコ?」
「や……」
 ぷるぷると身体を震わせながら、智子は口をパクパクさせている。
「何?」
「ゃ……………………ぃ」
「聞こえないんだが……」
「やさしくしてください……っ」
 智子がようやく搾り出した言葉は、クールなビューリングをして吹き出させるのに十分なものだった。



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テーマ : 自作小説(二次創作)
ジャンル : 小説・文学

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