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『IF』


 司令部からの帰り道。助手席に座ったバルクホルンは、憮然とした表情で腕を組んでいた。
「浮かない顔」
 エーリカは呟いた。
 どうしてバルクホルンが不機嫌なのか、その理由を彼女は知っている。知っていて、敢えて神経を逆撫でするような事を言っているのだ。まったく、忌々しいことだった。
「五月蝿い。黙って運転しろ」
 バルクホルンは切り捨てるように言い、エーリカは肩をすくめて視線を戻した。昔のように怒鳴ったりはしない。だが、声に苛立ちが滲むのはどうしようもないことだった。
(後方勤務か、退役か、か……)
 自分もあと一月足らずで二十一歳になる。選択を迫られるのは、何年も前から分かっていたことだった。
(私には、ガランド少将のような生き方は出来ない……)
 ガランドの柔軟で、時として破天荒な行いを目撃するたびに、自分がどれだけ近視眼的で頭の硬い人間であるか……、痛いほどに思い知らされる。
(抜けられない……、いや、抜けたくないんだ)
 目をつぶる度に、部下や戦友の顔が浮かんでは消えを繰り返す。
 彼女たちを守ってやることが出来なくなる……。自惚れにも似た思いが、バルクホルンの胸を締め付けた。
(エーリカだってそうだ……)
 出会って以来、ずっと肩を並べて戦ってきた。自分にとって彼女は必要な存在だったし、彼女にとっても自分は必要だったはずだ。安全なところへ良く自分には、十分に喪失感を埋める時間がある。だが、前線に留まるエーリカには、どうだ?
「もうすぐ着くよ」
 運転席のエーリカが言った。
 さっきの酷い言い方をしてしまった。彼女は怒っていないだろうか……。
 盗み見たハルトマンの横顔からは、どんな感情も読み取れなかった。

 それから一ヶ月はあっという間に過ぎ去った。仕事に継ぐ仕事。忙殺という言葉が相応しい。
 それについて、同僚たちは何も言わなかった。
 多くの魔女が通ってきた道だからだ。つまり、迫る決断を忘れようとして、軍務へ没頭するのである。大エースバルクホルンもまた、その例から逃れることは出来なかった。
(最近、あいつと話していない……)
 ペンを置き、天井を眺めながら思うのはエーリカの事。
 半月前、車上で辛辣な物言いをして以来、全くと言っていいほど会話をしていなかった。
 別に避けていたわけではない。少なくとも、バルクホルンは、そうだ。
 デスクワークに追われて出撃が減ったバルクホルンと、中隊長として出撃を重ねるエーリカ。
(何を気にしているんだ。すれ違うのは当然のことじゃないか。当然の……)
 そう自分に言い聞かせるが、落ち着かないものは落ち着かない。
 なにせ、基地で顔を合わせることはあるのに、会話がない。自分に時間がないのも事実だが、エーリカの方から時間を見つけて訪ねてきてくれても良さそうなものだ。……いや、以前のエーリカなら、そうやって自分との時間を作ったはずだ。バルクホルンも仕事中だなんだと言いながら、エーリカのいいじゃんちょっとぐらい、などという適当な理屈で手を休めては、会話を楽しむ。そういう付き合いを、今までしてきていたではないか。
(やはり、怒っているのか……)
 この間の車上でのやりとり以外にも、心当たりはあった。
 実は前線を退くという命令に、バルクホルンはまだ頷いていない。というか、頷くつもりがなかった。このまま前線に留まる気でいるのだ。
 それにエーリカは反対なのだった。
 かなり前の話だが、一度そのことを巡って大喧嘩したことがある。酒が入っていることもあったが、エーリカが殴りかかってきたのは初めてだった。
(トゥルーデのわからず屋、か)
 その喧嘩の時、バルクホルンを殴った右手を抑えながら、エーリカはそう言った。殴られたバルクホルンより、ずっと痛そうだった。
 そうなのかもしれない。いや、そうなんだろう。
 バルクホルンはそれ以上怒る気を無くしてしまい、その場を駆け去ったエーリカを追うこともしなかった。翌朝、腫らした頬に湿布を貼って、すまなかったと一言、謝っただけである。
(今日は、あいつと話そう。そして分かってもらう。これが私の生き方なんだと)
 ずきり。ずっと前に治ったはずの頬が、痛みを思い出していた。

「ハルトマン、いるか」
 夜も遅い。寝ているなら帰ろうと思いながらも、バルクホルンはエーリカの部屋の戸を叩いた。
「……何?」
 三度のノックの後、眠たげな目をしたエーリカが顔をのぞかせた。
「すまん。起こしたか」
「んー……。いいよ」
「ちょっと話したいんだが……」
「うん」
「その、部屋に入れてくれないか」
「……部屋は、駄目」
 頬と胸に、痛みが走る。やはり怒っているのでは……。
「待ってて。着替えるから。トゥルーデの部屋で話そ」
「あ、ああ……」
 上手く平静を保てているか……。そんな心配をしなければならないほどに、バルクホルンの心は揺れ動いていた。
 三十秒と待たされなかった。エーリカはフライトジャケットを見にまとい、まるでこれから出撃するかのような出で立ちで部屋から出てきた。
「行こっか」
「あ、ああ。……いや、やはり、ここで話そう」
 バルクホルンは首を振った。
 自分の部屋で話せば、周りを気にしなくて言い分本音のぶつけ合いになる。今日はエーリカに分かってもらいたくて部屋を尋ねたのだ。喧嘩はしたくない。
「トゥルーデがいいならいいけどさ」
 そう言いながら、エーリカは壁に寄りかかった。バルクホルンはその隣に立つ。
「どうしたの、急に」
 珍しいね。なんていいながら、エーリカは天井を見ていた。
「話がしたくて、な。その、しばらく話していなかったから」
「忙しかったんだし、仕方が無いよ」
 エーリカが遠い。バルクホルンは何故か、一人置いて行かれたような気分に襲われた。
 しばしの沈黙。
「私、今ならミーナの気持ち、わかるよ」
 先に口を開いたのは、エーリカだった。
「坂本少佐のこと、か」
「うん。一緒にいて欲しいけど、いて欲しくない。ミーナもきっと、そんな気持ちだったんだと思う。でも、ミーナは何度もやめろって少佐に言ってた」
「……お前も、私と離れたほうがいいのか」
 エーリカは首を振った。
「ミーナが少佐にやめろって言っていたのは、一緒に居たかったからだよ。私もそう。だから、トゥルーデにはもう飛んで欲しくない」
 エーリカの言っていることがわからない。結局離れろということじゃないか。
「そんな言葉遊び、今は聞きたくないんだ。エーリカ、頼む話を聞いて……」
「言葉遊びなんかじゃない。正直な気持ちだよ、トゥルーデ」
 バルクホルンに向けるエーリカの眼差しは、切ないほどに澄んでいた。
 お前は一体、どこにいるんだ……。思わず、そう口走りそうになる。
「私も、ここのみんなも、トゥルーデと別れたくなんかないんだよ。でも、誰もトゥルーデと飛ぶことを望んでなんかない。どうしてかわかる?」
「……わかる。わかる、つもりだ。だから、そんなお前たちだからこそ、私は。私は……っ」
 エーリカの手が、バルクホルンの頬を撫でた。
「私を後に残すのは、そんなに安心出来ない?」
「出来ない。出来るものか。お前はいつだって、私がいなければ……」
 なんだか懇願しているようだと、バルクホルンは思った。だが、気持ちは止まらない。
「私がいなければ、お前はいつだって、駄目じゃないか……」
「うん。ダメ……、だったね」
「エー……、リカ……?」
「私がしっかりすれば、トゥルーデは安心できるんでしょ?」
 そんなこと、出来るわけがない。ただ、名目は失ってしまう。エーリカの隣に残る名目を。
 バルクホルンはようやく、エーリカと別れたくないだけなのだということに気がついた。
「私、寝てたけどすぐに起きれたよ」
「そう、だな……」
「私、服着てなかったけど、すぐに出撃できるくらいの準備は整えれたよ」
「ああ……」
 嫌だ!やめてくれ!
 バルクホルンは叫びたかった。もうこれ以上聞きたくないんだと。自分を突き放さないでくれと、懇願したかった。
「それに、見て。まだ途中だけど……」
 エーリカはバルクホルンの腕を引き、部屋の戸を開け放った。エーリカの手でスイッチが入れられ、明かりが灯される。散らかり放題だったはずのそこは、いつの間にか整然として、バルクホルンの部屋のようだった。
「どう?まだ途中だけど、片付いてるでしょ?」
 もう、トゥルーデがいなくても大丈夫。
 エーリカは言葉ではなく、行動でそれを示してみせたのだ。
「この一ヶ月、トゥルーデと一緒にいられなかったけど。でも、私大丈夫だった」
 エーリカの笑顔は透き通っていた。辛さも哀しさも胸の奥にしまいこんで、綺麗な笑顔を浮かべてみせた。
「私の負け、か」
 天井を仰いだバルクホルンの肩から何か、重いものが抜けて入った気がした。
「我侭はもう言わない。明日にでも、命令を受け入れることにする」
「それがいいよ。まったく、頑固なんだから」
「ああ、そうだな……。心配なのは変わらんが」
「えー。もう大丈夫なのに」
「それにしても……」
「ん?」
「クリスのことは言わなかったんだな」
「クリスをダシにしたら、トゥルーデさらに意固地になっちゃうじゃん。それにさ、いい子だから、クリスは。トゥルーデが飛ぶって言ったら、あの子はずっと待ってる」
「はは……」
 敵わない。一体、いつの間に自分を言い負かすくらいになっていたんだろう。
「ま、そういうわけだからさ」
「ん?」
「もし兵站部に転属になったら、お菓子多めに回してね」
「……目覚まし時計と箒を多めに回してやろう」
「えーっ!!」


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