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空っぽの空を


 空はこんなに広かっただろうか。
 飛んでいるとたった一人、取り残されたような気分になる。
 あの頃は……、そう、彼女と飛んでいた時は感じたこともなかった、空の広さ。私を飲み込み、押しつぶし、消し去ってしまいそうな、抗いようのない虚無感。
 それでも空は綺麗だ。残酷で、温かみなんて微塵もないけれど。ああ、なんて。思わず見とれてしまう。
 空は好きだ。空になりたい。素敵だ。ばらばらに引きちぎって、どろどろに溶かしこんで、しとしとと染み込んで、私は綺麗な青になる。
 目の前を、真っ黒な異物が横切った。
 邪魔だよ。
 無造作に銃を構え、引き金を引く。それだけで、そいつはばらばらになる。
 いつだってそうだ。こいつらはしつこく、しつこく、しつこく空を汚す。そのくせあっさり駆除される。最初から出てこなければいいんだ。
 まだ三機、残っている。
 ああ、落ち着かない。
 広いところって、落ち着かないんだ。
 早く帰りたい。私の部屋に。
 ああ、なんて、億劫な……。

 士官だからと与えられた個室。
 私はその隅に腰を下ろした。
 以前は散らかし放題だった部屋だけど、大分前に片付けた。おかげで広くなった。それだけ、居心地も悪くなった。
 でも、隅っこの、私のいるところだけは別。ここは居心地がいい。
 脱ぎ散らかした衣類、シーツ、毛布、本、書類、写真、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。それらを散らかした、私だけの空間。ここが、ここだけが私の部屋だ。あとは玄関とでも物置とでも、好きなように呼ばせておけばいい。
 床から毛布を拾い上げ、身を包んだ。そのまま横になる。ベッドなんて使わない。多分埃を被っているだろう。この頃見ていないからわからないけど、きっとそうだ。そうに違いない。
 横になったからって、すぐに寝るわけじゃない。帰ったばかりで神経は昂ぶったまま。寝ようにも寝られない。こういうときは、暗い部屋でじっとしているのがいい。動きたくないし、それにいつの間にか、眠りの神様が幸せな無意識へ連れて行ってくれる。
 しばらくして、お腹が鳴った。私はそのまま横になっていた。今日はもう、寝るまで起き上がる予定がない。
 確かにお腹は減っている。でも、いくら食べてもお腹いっぱいにはなれない。喉の渇きもいっしょ。吐くまで食べ、お腹を下すまで飲んでも、それらは収まらない。馬鹿みたい。
 だから、食べるのはほとんどやめてしまった。
 周りからは食べろと言われる。その時だけ、少し食べる。でも、しつこくは言われない。当たり前。私に強制していい人間は、ウルスラとミーナ、そして、トゥルーデだけなんだから。
 今の私をトゥルーデが見たら、怒ってくれるだろうか。それとも、ただ呆れた顔で、諦めたように首を振るだろうか。
 目の端に涙を湛えたトゥルーデを、私は大丈夫だからと言って、送り出した。それが、わずか半年でこの有様。情けないと思われてしまう。
 私だって、自分がこんなにも弱いだなんて思ってもみなかった。彼女が側にいないだけで、世界がこんなにも色あせてしまうなんて、考えたこともなかった。
 トゥルーデが私を必要とした以上に、私にはトゥルーデが必要だったんだと、別れてからようやく理解出来た。
 涙が頬を伝う。
 それは床に染みをつくって、やがて乾いて消えた。後にはなにも残らない。虚ろな夜に、また私は一人だった。

 出撃、撃墜、帰還、時々受勲。
 毎日のように出撃し、毎日のように撃墜し、そして毎日のように私は帰ってきた。被弾して、帰るのに数日かかったこともあるから、帰れたのは毎日じゃない。
 貰った勲章は、すぐに私の"部屋"の一部となった。その度に少し、"部屋"が狭くなる。良いことだ。狭いと落ち着く。
 それを咎める人間は、ここにはいない。私の自由というやつだ。ああ、自由。素晴らしい言葉だ。ある程度の義務さえ果たせば、自分の責任の元に、煩わしい束縛から逃れられる。
 くそくらえ。
 欲しくもない自由をありがたがってやる理由なんて、私にはない。私が欲しいのは、私を束縛する人を選ぶ自由だ。
 誰にも束縛されない自由な人間?そんな苦痛、誰が耐えられるっていうんだ。無味無臭、無色透明な人間になんて、なりたくはない。
 皮肉だ。私の周りはそんな人間ばかり。顔があるのかないのかすらわからない、灰色の人形。苛立ちもしなければ好感を抱くこともない。そんな人間に囲まれて生きる毎日は、それこそ苦痛だ。
 ……違う。わかってる。私がそうとしか、捉えられなくなっているというだけだ。彼女たちはそれぞれに味が、においが、色があるはず。今の私には、それがどうでもいいことになっている。
 味方は守る。私の義務だから。その味方が誰であるかは、興味無いけれど。
 前はそんなことはなかったのに。
 トゥルーデと出会ってしまったせいだ。私はあまりにも長く、そして濃い時間を、彼女と共にしすぎた。味の濃いものに慣らされてしまうと、薄味のものは食べられなくなってしまう。
 会おうと思えば、トゥルーデに会いに行くことはできる。死に別れたわけじゃないんだから。それをしないのは、怖いから。
 最初は見栄だった。だって、私は大丈夫だからって、追い出したんだよ。すぐに会いに行ったらかっこがつかないじゃないか。それに、露骨に甘えてるみたいだ。卑しい。トゥルーデはそうとは思わないかもしれない。でも、そんな私を、私は見られたくなかった。
 そんな風に時期を見計らっているうちに、私の心はぼろぼろになっていった。トゥルーデに見せられなくなるまで、あっという間だった。気がついたら、こうなっていた。歯止めが効かないままに、私は崩れ続ける。ますます、会うわけにはいかなくなった。
 つまらない見栄と笑う?
 でもね、私はトゥルーデを支える人間でいなくちゃいけないんだ。優しい癖に軍人で、自分より他人が優先で、甘えん坊のくせに見栄っ張り。危なっかしい矛盾をたくさん抱えた彼女を、支えなければいけない。
 いや、よそう。本心は、支えたいんだ。支えて、トゥルーデから必要とされたい。私じゃなきゃダメな存在に、私はなりたい。
 サイレンがなった。今日もまた、飛ばないと。
 私は写真立てを拾い上げた。ガラスを割ってしまって、写真がむき出しになっている。写真に収まったトゥルーデは、柔らかく微笑んでいた。
 いってくるね、トゥルーデ。
 溢れた涙が、写真に染みを作る。それは消えなかった。何度も何度も、空に上がる度に繰り返した儀式。水滴に晒され続けた写真は、くしゃくしゃに、歪み始めていた。

 空はいつになく灰色だった。
 グレースケールの青空に、真っ白な太陽が気持ち悪い。
 綺麗じゃない。こんな空にはなりたくない。
 でも、真っ黒な奴らは見間違えようもなくそこにいた。
 接近して、構えて、引き金を引く。
 はい、オシマイ。
 ばばばばばばば!ばーん!ばらばら。
 オシマイオシマイ。
 こんなことのために呼ばないで。
 私はもう少し、トゥルーデといたかった。
 インカムから聞こえてくるノイズが、頭の中をぐしゃぐしゃにしてくれる。
 なにを言っているかわからないけど、何かを言っている。
 うるさい!
 叫んだのかな。
 叫んだのかも。
 インカムは投げ捨てた。
 その拍子に、ちらりと後ろのやつが見えた。
 驚いた顔をしてる。
 誰だっけ。
 灰色だ。
 黒くないなら敵じゃない。
 黒いやつはどこ?
 後ろの灰色が叫んだ。
 うるさいなぁ。
 なにを言っているか、聞こえないよ。
 私の脚が煙を吹いた。
 あ、爆発。
 空になる?
 やだな。
 青い日が良かった……。


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テーマ : 二次創作:小説
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