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聞いているから


 人が生きていくためには、理由が必要だ。
 人生に目標があるなら、それを達成するため。義務があるなら、それを果たすため。……あるいは、ただ死にたくないから、というのも理由になるだろう。勿論、それは人によってそれぞれだ。どこまでを受け入れられるかも。
 自分はどうやら、その理由を見失ってしまったらしい。空にいた頃手の平のなかにあったそれは、地面に足を付けた途端、ふわふわと浮かんでどこかへ飛んでいってしまった。
 死にたくないから、生きる。ぞんな理由は受け入れられない。肌を切るような死すれすれの緊張感。死線と呼ばれるその細い線をすり抜ける、その危うい快感を知った人間が、今更安穏とした暮らしになど、耐えられるはずもないのだ。
 勿論、今の生活を受け入れなければいけないのはわかっている。それに決して死にたがっているのではない。地上勤務を見下しているわけでも、自分が戦わなければならないという、無用の義務感を持っているのでもない。
 ならば受け入れろ。胸の奥からは、そんな呪詛めいた言葉が囁かれる。それが自分のためだけではなく、それは周囲の人間のためでもあるのだと。
 しかし、だ。理由も見つからぬままに無為に生きてゆくことの、なんと辛いことか。自分の内側から響いてくる言葉へ、ならば代わりに理由を与えろと、反論せずにはいられない。
 内なる声の主もまた、自分だ。反論に答えは帰ってこない。わからないから。目を背けているのではなく、本当にわからないのだ。
 やはりこのまま、ゆっくりと腐っていくしかないのだろう。理由も見つけられず、如才なく逆風をかわす術を身につけて。そしてそのまま一個だけ木に取り残されて、腐り落ちるまで見向きもされない。それがこれからの、坂本美緒の人生というやつらしかった。

「やあ」
 ミーナの執務室に現れたのは、坂本だった。髪を降ろし、眼帯を外した彼女の容姿は十代半ばにすら見える。特に手入れをしている風にも見えないのに、肌と髪もまた年相応とは言えない瑞々しさを湛え、見る度にミーナは羨ましさを覚えるのだった。
「久しいな」
「昨日きたばかりじゃない」
 ここのところ、坂本は毎日毎日、自分の仕事が終わるとやってくる。おかげで仕事は滞り、寝不足だ。また今日も睡眠時間が削られてしまうではないか……。ぶつくさと文句を言いながら、ミーナはいそいそと、用意していた茶菓子と緑茶を振る舞うのだった。
「美味い」
 湯呑みに口を付け、坂本は無邪気に笑う。
「まったく。今日もなの?あまり足繁く他国の軍人を訪ねていると、あらぬ嫌疑をかけられるわよ」
「なに、クビにされるなり、左遷されるなりしても、私には同じことだ。どの道もう飛ぶことはない……」
 こういう時、坂本は遠く、空のむこうを見るような目に変わる。まったく、切ない瞳だ。航空歩兵ならば誰しも空に魅せられるものだが、坂本ときたら、まるで空に恋をしているかのよう。
 それについて、ミーナはやりきれなさを感じはするが、否定する気にはなれない。ミーナの中でも、空に焦がれる気持ちは燻っているのだ。
「でも、そんなことになったら迷惑を被る人がいるでしょう?あなたの部下とか」
「ああ、そうだな……。だから、私はまだ軍人でいるんだろう。空一筋と思い定めていたはずだったんだが。……まあ、それで、だ。不得手な軍務でもやらざるを得ん。手伝ってくれ」
 ミーナは言葉を返す代わりに、肩をすくめた。
 実のところ、ミーナが教えられることはあまり多くない。両国間の機密に抵触するし、慣例もまったく違う。協力関係にある国同士とはいえ、共有できる情報は少なかった。同じ国の中ですら情報が完全に共有されていないことを考えれば、まして他国をや、といった具合に得心がいくだろう。
 坂本もそれを承知しているから質問は具体性を欠き、抽象的なものになる。結局教わるといいながら、二人の会話は経験談を中心とする雑談に落ち着くのだった。そして決まって、五○一時代の話になる。坂本は思い出話をしにきているようなものだ。
 始めてこの執務室を坂本が訪ねてきたとき、その理由を聞いてミーナは肩を落としたものだが、まあ、これくらいなら許してやろう、という気にならないでもない。なにより……。
「その時宮藤がリーネの胸に突っ込んでなぁ。あいつらのとろくささと言ったらもう。真面目に訓練所する気があるのかと言いたいくらいだった」
 なんでもない話を、身を乗り出し、瞳を輝かせながら坂本は語る。楽しそうに見えないこともない。だが、その声音からミーナが感じ取る空虚さは、恐らく坂本自身気付いていない本音だろう。
 確かに、坂本は強い女性だ。しかし人の強さに限界があることを、ミーナはよく知っている。だから思う。弱くても良いのではないかと。強がって、意地を張って、心が折れるまで傲然と歩き続ける。そんな人生を、今の坂本が歩む必要なんでどこにもない。軍を辞め、年金で細々とした、しかし穏やかな暮らしを営んだって、良いはずだ。
 ミーナはその思いを、敢えて口にしなかった。いずれ言うつもりでいるのは確かだが、今切り出したところで、坂本の心を無駄に傷つけて終わるだろう。今自分にできることは、できる限り受け止めてやること。いずれ坂本が行き詰まるまで、ミーナは口を挟まないと決めていた。
「おっと、もうこんな時間か」
 坂本は懐中電灯を取り出し、驚いたように呟いた。腰は上げない。何かを待っているように、落ち着かなくなっただけだ。
 ミーナは溜息を吐いた。まったく、飛べなくなった途端子どもに返ったようだ。
「いいわよ、私のうちに泊まっていって。この仕事を片付けたら帰るから、先に行っていて」
 鍵を受け取った坂本は、上機嫌に部屋から出て行った。最初から、そのつもりで来ていたのだ。
「まったくもう……」
 この年になって、酒もやらず、ただ枕を並べて思いで話に花を咲かせるだけのお泊り会とは。ミーナは苦笑をおさえられない。もう少し、やり方というか、あると思のだが。
 変わったようで、変わっていない。……いや、変わったのは彼女を取り巻く風景だけか。坂本自身は変われないが故に、こうして足掻いている。
 さあ、早く仕事を片付けて帰らないと。今の坂本には、自分が必要なはずだから。



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