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傷だらけのライター

「トモコ。煙草とライター。ジャケットのポケットに入ってる」
 トレーニング中、暑くて脱ぎ捨てた自分のジャケットを指差しながら、ビューリングが言った。トモコは自分で取れと文句を言いながら、付き合いのいいことに、ジャケットを拾い上げてポケットの中をまさぐる。
「ないわよ」
「そっちじゃない。逆の、左側のポケット」
「……あんた右利きでしょ。紛らわしいわよ」
 煙草を手渡しながら、トモコは新たな文句を口にする。
「どっちに入れたって、別に良いだろう」
 ビューリングは肩をすくめながら、右手を差し出した。
「悪いな」
 手の平に、箱がぽんと乗せられる。早速煙草を咥えた。しかし、一向にライターが手渡されない。ビューリングは催促するように煙草の先端を揺らし、トモコに視線を送った。
「ぼろぼろじゃない。新しいのは買わないの?」
 トモコは手渡してくれる様子がまったくなかった。傷だらけのオイルライターを物珍しげに光へかざし、いろんな角度から検分している。
「……まだ使えるしな。いいからよこせ」
「ビューリングってあまり物に執着しないわよね?なのにこんなになるまで使ってるって、なにか特別な思い入れでもあるの?」
「買い換えるのが面倒なだけだ。壊れるまでは使う。……トモコ」
「ふーん」
 我ながら気が長くなったものだ。蓋を開閉させ、その音を楽しむトモコを見ながら、自分の変わり様に憮然としないでもない。以前なら、ナイフを突きつけるくらいのことはしたろうに。
「でも、一つか二つはあるでしょ?」
「無い」
「つまらないわ」
「弱みでも期待していたのか?」
 どうしてそんな言い方しかできないの、とトモコは不機嫌そうに眉をひそめた。怒りたいのはこちらの方だ、とは思ったが、口には出さないでおく。その代わり、ちょっとした意地悪を思いついた。
「……いや、あるにはあるな。煙草を吸い始めてから、ずっとこいつを使ってたから」
「ほんと?聞かせて聞かせて」
 トモコは興味深げに身を乗り出してきた。
「その傷」
 ビューリングは、ライターのボディを斜めに切り裂く深めの傷を指差し、
「その傷は死んだ友人がつけた」
 ぴたり。つい数瞬前まで、好奇心でキラキラと輝いていた琥珀色の瞳が揺れた。
「白兵戦の訓練の時、勢い余ってな。こいつがポケットに入ってたお陰で怪我をせずに済んだ。それからこの角のへこみ。これもあいつだな。喧嘩した時に投げつけられた。狙いは私から逸れて本棚に当たった。それから、こいつは別の奴。貸してやったら落とされた。その日の出撃でそいつは死んだ」
「……い、いや、もういいわ」
「なんだ、聞いておいて?」
「なんか、ごめん……」
 無論、九割は嘘だ。しかしトモコは頭から信じてしまったらしい。予想以上に堪えているようで、ビューリングの胸が痛んだ。ほんの少し、それこそ小さなトゲが刺さったくらいの痛みでしかなかったが。
「何を今更」
 ビューリングは殊更呆れた声を出してみせた。嘘だけでなく、芝居も上手くなったものだ。
「とと、にかく悪かったわよ。……精々大事にしなさいよ、そのライター!」
 言い捨てるように、トモコは駆け去った。
「言い過ぎたかな」
 反省の欠片もこもらない呟きが、その細い背を見送った。

 煙草に火を灯す動作が、どこかたどたどしい。それもそのはず。ビューリングの手にあるのは、愛用のライターではなく、使い慣れない紙のマッチだった。
「……チッ」
 煙草の先端が燃え始めるより早く、風が火を吹き消してしまった。ビューリングは不機嫌そうに舌を鳴らし、頭が黒くなったマッチを投げ捨てた。足元にはもう二本、同じく任務を果たせなかった無能者が転がっている。ビューリングは忌々しげに足でそれらを踏みにじり、新たなマッチをちぎり取った。
 こんなことになったのも、一昨日の戦闘でトモコを庇ったせいだ。慎重に風向きを見計らいながら、ビューリングは毒づく。
 トモコがヘマをやらかしたわけではない。やらかしたのは彼女の僚機だ。助けようと、トモコがそちらへ気を向けた瞬間、死角から攻撃を受けたのである。咄嗟の判断でビューリングが割り込み、シールドを張ったから良かったものの、タイミングはかなり際どかった。証拠に、敵の銃弾はビューリングのジャケットの左下方を切り裂き、ポケットとその中身、十本は残っていたであろう煙草の箱と、愛用のオイルライターを連れ去った。
 トモコに責任がないことくらい承知している。しかし、この不便さに対する苛立ちはどうにもならなかった。最初こそ、たまにはマッチのにおいもいいと思えたのだが、かれこれ一週間も使っていると、さすがに面倒さが先に立つ。
 新しいものを買いに行くにせよ、休暇は一週間先だった。この頃はいつ天候が崩れて吹雪になるかわかったものではないし、スラッセンの街に行くのも一苦労。別段思い入れがあるわけでは無かったのだし、予備のひとつも買っておくのだったと、今更ながらに後悔をしていた。
「あ、あの、ビューリング?ちょっといい?」
 唐突に、背後から声をかけられた。
 ゆっくりと振り向くと、ドアから半分だけ身を乗り出すようにして、トモコがこちらを覗き込んでいる。
 ビューリングは眉をしかめた。
「何をやっているんだ、お前は」
「え、いや、あのね。あのですね……」
 こういう時、トモコは大抵悩みに悩んだ挙句、碌でもない結論にたどり着いている。原因は皆目見当もつかないが、露骨なため息を吐く用意だけは万全になっていた。
「こ、これを、あげたいな、って……」
 トモコが差し出してきたのは、手のひらに乗る程度の小さな箱だった。
「……私の誕生日はまだ先だ」
「それくらいわかってるわよ!私と一日違いなんだし!……いいから開けなさいよ。開けなさいったら」
 ぐいぐいと強引に押し付けられ、ビューリングはようやく箱を受け取った。
 瞳に物憂げな色を浮かべたまま、無頓着に放送を破り取る。箱を開けると、中には銀色に光る、四角い小箱が入っていた。
「……こいつは?」
「見てわかるでしょ。ライター」
「それくらいわかる。そうではなくて、なんでお前が?」
「いや、だって、私のせいで壊しちゃったし……。それに」
 トモコは言い淀んだ。まるで母親へカップを割ったことを告げる直前のような、なんとも気まず気な表情を浮かべて。ビューリングも何も言わなかった。気にするな、というのは簡単だ。ビューリング自身、トモコが悪いとは思っていない。だが、続きがある以上、それを聞いてからでなければうかつなことを言うわけにもいかないだろう。
 二人の間に、むずがゆい沈黙が広がった。
 時間にして十分ほどだろうか。耐えかねたトモコが、ようやく観念して口を開いた。
「それに、その、思い出のライター、だったんでしょ……。死んじゃった人たちとの。それ、私のせいで壊しちゃって……」
 何の話か、理解するのに少しばかりの時間が必要だった。ようやく先日ついた嘘のことだということに思いあたり、ビューリングは困惑した。
 さて、どんな顔で受け取ろう。今更嘘だと言うわけにもいかないが、かといって、このままその場しのぎの嘘を気にされ続けても困る。突き返すわけにも行かず、ただ受け取るわけにもいかない。どうしたものか……。
「トモコ」
「う、うん」
 トモコは罵声を浴びせられるのを覚悟したかのように、首をすくめ、ビューリングの言葉を待っていた。
「悪かったな、気にさせて」
「え、い、いいのよ。当然のことだわ……。私が気にしないといけないのは」
「いや、嬉しいよ。……なぁ、トモコ。このライター、お前が最初の傷をつけてくれないか」
「え、え……っ」
「あのライターは昔の私のものだから」
 わかるようなわからないような理屈ではあったが、トモコは納得したらしかった。
「これを使え」
 腰からグルカナイフを抜いて、トモコに握らせる。トモコはすっと、銀色のライターに白い線を引いた。
「大事にするよ」
 箱から取り出し、ビューリングは煙草に火を着けた。
「え、う、うん。じ、じゃあ、それだけ!それだけだから!」
 顔を真赤にしたトモコが駆け去るのを見送りつつ、
「……誤魔化せて良かった。バレたら本気の喧嘩になってたな」
 ビューリングはそう呟いていた。


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