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在りし日


「え、行けない? そんなぁ……。それはないよ。約束したじゃない」
 第52戦闘航空団。その基地の一角で、寂しげな抗議の声が上がっていた。そこでは、長身のクルピンスキーが身を屈め、手振りを交えつつ、小柄なロスマンに何かを訴えている。
 この日、11月11日は、クルピンスキーの誕生日だった。その特別な日、数多のデートの誘いを断って、クルピンスキーはロスマンをデートに誘っていた。渋るロスマンをようやく説き伏せたのが、3日前。そこから夜も眠れぬほどに楽しみにしていたというのに、唐突にロスマンに仕事が入ってしまった。
「私も悪いとは思ってる。でも、仕方がないのよ。熱を出して入院しちゃった子がいるんだもの。誰かが穴を埋めなきゃ」
 ロスマンは肩を竦めた。
「でも、それがエディータじゃなきゃいけないってことはないじゃない」
「シフトで一番都合が良いのが私だったの。それに、もう決まったことなのよ」
 日頃の余裕を取り繕いきれないままに、クルピンスキーは食い下がる。
「デートしてくれるっていったのに……」
 だが、事が任務である以上、勝ち目はない。やがてクルピンスキーは、唇を尖らせながら、負け惜しみのようにそう呟いた。
「本当にごめんなさい。埋め合わせはするから」
 ロスマンの口調は、まさに子どもをなだめるときのそれである。命令が下っている以上どうしようもないのは、当然クルピンスキーもわかっているのだ。それでもこうして駄々をこねる。まさに子どものわがままそのものだ。
 しかし、煩わしい、とは思わない。なぜならクルピンスキーはまだ13歳。充分子どもと言って良い年齢である。こうしてわがままを言う方が自然なのだ。最前線に身を投じているウィッチたちの精神年齢は、普通の少女たちより5年も10年も先を行きがちではあるが、やはり歳相応の顔というのは、そうそう失くせるものではない。第一ロスマンとてまだ14歳でしかなく、今のクルピンスキーのように、わがままを言いたくなる時がないではないのだ。
 それに、気取り屋クルピンスキーが見せる歳相応の顔というのは、なかなか可愛くもある。普段は可愛げが微塵もないだけに、一層のことだった。
「今日じゃなきゃ意味ないのに……」
「いじけないで。私も残念なのよ」
 どうだか。クルピンスキーはいじけた呟きを漏らしたが、声が小さすぎて、ロスマンの耳へは届かなかった。
「ひどいよ、エディータは私に一人寂しく誕生日を過ごせっていうんだ」
 ロスマンは言い返す言葉が見つからず、困ったように眉を寄せるだけだ。
 そこへ、通りかかった人影がある。
「あら……、二人とも、喧嘩?」
 おっとりとした柔らかな声の主は、仲裁するように二人の間に立った。
 唐突に現れた第三者に、ロスマンは片眉を上げ、クルピンスキーは一歩後退る。
 現れたのは、ヨハンナ・ウィーゼだった。声音に相応しい上品で優しげな風貌を持つ彼女は、二人の同僚であり、戦友である。軍服さえ着ていなければ深窓のご令嬢と見紛わんばかりだが、彼女もまた、歴としたエースだった。
「喧嘩は良くないわ。仲良くしないと……」
 スローなテンポで語りかけるウィーゼは、クルピンスキーとはまた別の意味で型破りな軍人だった。というより、あまりにも穏やかなので、まったく軍人に見えないのだ。風貌も物腰も、小学校の教師と言われたほうがしっくりくる。
「何があったの?」
「ええ、ちょっとね。私が悪いんだけど、でも仕方がなかったのよ」
 ロスマンは何故かこの場から逃げ出そうとするクルピンスキーの首根っこを掴みながら、事のあらましをウィーゼに話して聞かせた。
「そう……」
 ウィーゼは胸の前で腕を組み、何かを考え始めた。
「あ、あの、エディータ? 私はこのへんで……」
「……っていうか、さっきからなんでそんなにそわそわしてるのよ」
「いや、それは、その」
 目を泳がせるクルピンスキー。ウィーゼが現れて以来、明らかに挙動が不審である。
「……ヨハンナと何かあった?」
「ウィ、ウィーゼと? いや、なにもないです、本当。本当に」
「あからさまに怪しいんだけど」
 そういえば、ロスマンはクルピンスキーとウィーゼが一緒にいるところを見たことがなかった。ウィーゼは好みのタイプだと思うのだが、今の挙動とあわせて考えると不自然極まりない。声を潜め、クルピンスキーから聞き出そうとするロスマンだが、クルピンスキーは言を左右して明らかにしない。それだけでなく、一刻も早くこの場を立ち去りたいようであった。
「そうだわ」
 唐突に、黙り込んでいたウィーゼが顔を上げた。
「どうしたの?」
「名案が浮かんだのよ、エディータ」
 ウィーゼはにこにこと笑いながら、人差し指を立て、仕草で二人の注目を要求した。
「まず、エディータ」
「ええ」
「あなたはここで、クルピンスキーに次のデートの日を約束なさい」
「まぁ、構わないけど……」
「クルピンスキー」
「う、うん」
「せっかく誕生日なのに一人は嫌なのよね。なら、今日は私と一緒に出かけましょう」
「え、い、いや、いいよいいよ! ほら、ウィーゼにも予定があるだろうし!」
「あら、遠慮しなくてもいいのよ。お祝いに、ご飯くらいはおごってあげる」
「い、いや、私は……」
 普段の優雅さはどこへやら、しどろもどろになりながら額に汗を浮かべるクルピンスキーは、ウィーゼのことが苦手である。それは生理的に受け付けないということではなく、この場合、過去に起因しているのだった。
「いいじゃない、行ってきたら」
 横からロスマンが口を挟む。
「エディータもそう言っていることだし……。じゃあ、いきましょうか」
「ち、ちょっと、ウィーゼ!」
「いってらっしゃい。私もそろそろ仕事に戻らないと……」
「え、エディータぁ……!」
 ウィーゼに腕を組まれ、半ば引きずられながら、クルピンスキーは何度も振り返り、ロスマンの姿が見えなくなるまで、何度も何度も恨めしげな視線を送った。

 二人は人で賑わう街路を、並んで歩いていた。
「お誕生日おめでとう、クルッピ」
「……ありがと。でも、その呼び方はやめてくれないかな」
 クルピンスキーは苦い顔を浮かべた。
「あら、どうして? 可愛いのに」
「だからだよ。私には似合わない」
「似合うわよ。だってあなた、ちゃんと可愛いもの」
 どうも、調子が狂う。クルピンスキーはため息混じりに首を振った。昔からこうだ。ウィーゼは初めて会ったときから、まったく変わらない。
 二年前、士官学校を卒業したての二人は、ともに新任のひよっこ士官としてこの航空団に赴任した。
 片や大人しく、世間知らずのお嬢さんとしか思えない風貌のウィーゼ。片や中性的で、士官学校時代から浮き名を馳せていたクルピンスキー。
 あまり相性の良さそうな組み合わせではないが、同期ということもあってか、この二人の仲は悪くはなかった。
 一緒に出かけもしたし、ウィーゼを悪戯の場に連れ出して振り回しもした。それが、今のように距離を置くようになったのは、出会ってから半年のことだ。
 その日、戦死と思われていた上官のウィッチが、陸軍の車に拾われひょっこりと帰還してきた。カールスラント空軍には、撃墜されたウィッチが生還する度、厄落としとして"誕生会"を行う習慣がある。戦友の生還を知った基地では、歓喜がたちまち大騒ぎとなり、やがて酒を持ち出しての無礼講となった。
 しかし、そこでクルピンスキーとウィーゼは飲み過ぎてしまった。周りが面白がって、やたらと飲ませにきたせいだ。これ以上飲まされて潰されてはかなわないと、二人は視線を合わせ、大騒ぎのパーティーからこっそりと抜け出した。
 今思えば、その後向かったのが、クルピンスキーの部屋と言うのがいけなかった。単純にパーティーの会場から近く、それでいて見つかって連れ戻されない場所をということで、クルピンスキーは自室を選んだのだが……。
 もつれがちな足を叱咤し、なんとかたどり着いた二人は、部屋に入るや、もう立っていられないとばかりに、狭いベッドに倒れ伏してしまった。
 ……少なくとも、そのときまで、二人は友人だった。そしてそれからも、節度ある友人としての関係を続けていけるのだと思っていた。ただ、二人はあまりにも酔っていた。そしてクルピンスキーもウィーゼも、年に似合わず色香を持ちすぎていた。
 果たして、相手の服に手をかけたのは、どちらからであっただろうか。夜明けと共に気がつけば、二人は裸のまま、隣り合ってベッドに横たわっていたのである。
 その後クルピンスキーは、ウィーゼと距離を置くようになった。後ろめたさからではない。その日以来、友人を相手に本気になってしまった事実を、認めたくなかったのだ。
 しかし、断ち切ることは不可能だった。ウィーゼは優しく、温かく、面倒見がよく、包容力のある少女だった。同い年のはずのクルピンスキーが、彼女を年上と錯覚したのは、一度や二度ではない。その一夜の後、クルピンスキーの嗜好は年上の女性に寄っていった。それを意識したとき、クルピンスキーが感じた衝撃と喪失感は、とても言葉にできるものではなかった。
 決着の着かない思いというのは、例えどれほどの時間が開いても、どれほどの距離をとろうとも、消えてなくなることはない。他の誰かを愛するようになったとしても、同様なのだ……。
 そんな苦い回想は、ウィーゼの声で遮られた。
「大丈夫? 具合でも悪い?」
 心配そうに顔を近づけてくるウィーゼ。記憶よりも大人びた顔に、心臓が跳ね上がった。クルピンスキーは赤くなった顔を隠すため、明後日の方向を向いた。
「いや、ごめん。ちょっと考えゴト」
「そう……。なら、いいけど……。でも、どこかお買い物行く前に、少し休みましょうか」
「いや、大丈夫。さて! 何から見ようかな! やっぱり服かな」
 わざとらしい大きな声を出し、クルピンスキーは手近な服屋の戸をくぐった。その胸の奥では、針になった記憶が、切ない痛みを心臓に与え続けている。

 買い物を終え、早めの食事を済ませた二人は、カフェに入っていた。
 クルピンスキーの前にはコーヒーが、ウィーゼの前には紅茶が、それぞれ湯気をたてている。
「……ごめんなさい」
 口も付けず、ただ紅茶が冷めていく様を眺めていたウィーゼは、おもむろに口を開いた。
「ごめんなさい。迷惑だったでしょう。無理矢理、連れ出したのだものね」
 クルピンスキーは肩をすくめただけで、答えなかった。
「本当はね、こんなこと、いうつもりじゃなかった。もう一度でいいから、あなたとおしゃべりしたり、ふざけてりしたかった」
 ぽつりぽつりと語るウィーゼ。柔和な表情は消え、思いつめた、切なげなものに変わっている。
「でも、やっぱり、嫌なの。今日だけなんて、嫌」
「ウィーゼ」
「昔はヨハンナって、呼んでくれていたのにね……。やっぱり、あの日のこと?」
 クルピンスキーは頷いた。
「あのね、ヴァルトルート。私、あの時嬉しかった。あなたとならって、ずっと思っていたから」
 昔と同じ呼び方をされ、そして嬉しかったと言われた瞬間、クルピンスキーは胸をえぐられたかのような衝撃を受けた。まさか、あの、汚れとは無縁の、無垢なウィーゼが、そんなことを?
「あなたが私のブラウスのボタンを外す手つき、今でも思い出せる。あなたがキスした場所も、ふれた場所も」
「やめよう、ウィーゼ」
「でも、一個だけ思い出せない。あなたの体温だけ。すごくあったかかったのに、一人の寒さに慣れて」
「やめるんだ!」
 勢いよくテーブルを叩き、クルピンスキーは立ち上がった。束の間集中した店内の視線は、わずかに気まずい雰囲気を残しながら霧散していく。
 ウィーゼの目尻に、涙が光った。
「ウィーゼ。私たちは、友だちだったんだ」
「知ってる。でも、一度好きになったら……」
「それ以上は、ダメだ。……同じなんだ、私も」
 クルピンスキーがハンカチでウィーゼの涙を拭う。指先で掬い取らなかったその意味が、ウィーゼには理解できてしまった。
「なんとなく、思い出せた。あたたかかったな」
 涙声なのに、ウィーゼの声は清らかだった。
 ハンカチ越しのクルピンスキーの指先は、ウィーゼの胸に、小さな火を灯していった。

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テーマ : 二次創作:小説
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