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スオムス文庫 シャッキ-2-1『帰ろ』


 乾いた掌が、白い太股を撫でた。
 自分の手を見つめるシャーリーの瞳は、諦めと自嘲、そして幾許かの懐古とで、灰色に塗りつぶされていた。かつてあった、太陽の如き明るさは、既に無い。
 失ったのだ、何もかも。声にならない呟きが、虚ろな胸中を揺らした。
 シャーリーの両の脚に、膝から下は無い。
 事故だった。有り得ないと言われるほど、多くの不運が重なって、そんなことで、全てを失った。
 そりゃないだろ、カミサマ。目を覚まし、感覚のない膝下に視線を向けたとき、涙より先に笑みが零れた。笑うしか、なかった。
 夢は、消え失せた。かつて見つめていた未来は、過去のものになった。セピア色に染まったスピードクイーンは、ついに自分の手の届かないところへ走り去ってしまった。
 ベッドに腰掛け、天井を見上げる。天井のシミを数えながらシャーリーは暮らしていた。窓の外は、絶対に見ない。空を見上げるのはもっといやだ。まだ十九歳、本当なら飛んでいたはずなのに。涙はもう枯れた。境遇に思いを致した時、代わりに訪れるのは、胸を焦がす苦痛だけだ。
 カーテンを締め切った薄暗い部屋に横たわり、少しずつ乾いていく自分を、シャーリーは人事のように眺めている。
 死んでしまいたい。
 死んでしまいたい。
 死んでしまいたい。
 どれだけ考えても、行動は起こせなかった。
 怖くはない。未練があるわけでもない。ただ、もう、自分で何かをするのが、ひたすら面倒だった。死んでおけばよかったのだ。まだ、絶望できていたうちに。
 部屋の戸がノックされた。
 シャーリーは視線も向けなかった。食事の時間か何かだろう。今の自分は、看護婦の差し出すスプーンを口に含むことだけが、唯一の仕事と言える。
「シャーリー……」
 震える声が、シャーリーを呼んだ。
 その呼び方は、久しくされていない。看護婦はイェーガーと、姓で呼ぶからだ。
 懐かしい。そう感じられるだけの人間性が、まだ自分にあったらしい。
「シャーリー……!」
 震えた声は、涙声に変わっていた。
 泣くなよ。そう言おうとして、声は出なかった。思えば、一年近く、声というものを出した記憶がない。無理もないか。天井を見つめながら、そんなことを考えていた。
「シャーリー!」
 客人は、ベッドに飛び込むように、シャーリーに抱きついた。
 頬に触れる黒い髪からは、懐かしい、お日様のにおいがした。シャーリーの胸がちくりと痛み、ピントのずれた思い出が、ぼんやりと頭に浮かんだ。
 シャーリーはようやく、視線を動かした。小柄な客人の泣き声に合わせるように、その黒髪が揺れる。
「私だよぅ、シャーリー……」
 涙でくしゃくしゃになった顔。見覚えがある。
「シャーリー……、シャーリー……、シャーリー……、シャーリー……」
 記憶にある姿より成長してはいるが、それでもなお小柄な少女は、しきりにシャーリーの名を呼び続けた。まるで戻ってきてくれと、言わんばかりに。
 名前が出てきそうで、出てこない。頭のどこかで、思い出してはいけないと、警鐘が鳴っている。思い出したが最後、この灰色の世界から引きずり出されてしまいそうな気がしていた。それは、今のシャーリーにとっては残酷極まりない。元の世界には、昔は手が届いたのに、今では決して触れることのできないものが、あまりにも多すぎる。
 シャーリーは瞼を閉じた。嵐が過ぎ去るのを待つように、時間をやり過ごそう。
 ややあって、声が止んだ。
 そのかわり、シャーリーの身体が浮き上がる。
「っ!?」
 シャーリーの口から、ひゅっという音が漏れた。無意識に驚きの声を出そうとして、またしても声が出てくれなかった。
 少女は両足を失ってバランスを欠くシャーリーを肩に担ぎ上げ、まるで魚をくわえた猫のような勢いで走りだした。廊下を軽快なステップで駆け抜け、階段を数段飛ばし、勢い良く扉を開け放つ。
 シャーリーの視界が、真っ白に塗りつぶされた。
「……っ」
 それが日の光によるものだと気づくのに、しばしの時間が必要だった。そもそも、外の世界が明るいものだということを、シャーリーはすっかり忘れていた。そして、上下の振動とともに、風が頬に当たる。埃っぽくない空気が、シャーリーの記憶を蘇らせていく。
 帰らせてくれ。そう叫びたかった。しかし、張り付いた喉は、やはり声を出してはくれない。
 明るさに目が慣れないうちに、轟音の響く場所へと連れてこられた。この音はなんだろう。聞き覚えがある。……いや、すごく、懐かしい。
 そうだ。エンジン音。ストライカーユニットの、私の、マーリンエンジンの……。
 身体が浮いた。先ほどとは比べものにならない勢いで、風が頬を叩く。
「う……っ」
 風の抵抗が無くなった。無意識で、魔法を使っていた。
「飛んで、るのか……?」
「うん」
 ルッキーニは頷いた。声が出たことにも、頭が一気にクリアになったことにも、シャーリーはまったく驚かなかった。目の前に広がる青い世界に、ただひたすら、心を奪われていた。
 シャーリーの腹部を抱きしめる、ルッキーニの腕に力がこもった。
「シャーリー……」
 頬を摺り寄せるようにして、間近で名を呼ばれる。その声音には、寂しさと不安とが同居していた。
「広い……」
「うん」
「風、こんなに気持ち良かったんだな……」
「うん……!」
「それに、すごく、きれいだ」
 シャーリーの頬を、涙が伝う。
「ルッキーニ」
「……っ」
「お前、でっかくなったなぁ」
「シャー、リー……」
「胸も少し、でかくなったんじゃないか?」
「馬鹿ぁ……」
 ルッキーニの声も、涙で掠れていた。


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