スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ペギー・ブラウン


 とある寒い日、昼食を終えたスオムスの魔女たちは、午後に待ち受ける憂鬱な訓練までの時間を、読書、ポーカー、喫煙、お喋り、睡眠と思い思いに過ごしていた。
 一番人気のある過ごし方は、午後の訓練をどうやったらサボれるか、と半ば以上に本気で話し合うことで、その頃原隊に所属していたエイラも、周りと一緒になって、中隊長の命じる午後の雪道マラソンから逃れる方法を、怠惰な脳をフル回転させて探したりしていた。
 とはいえ、どんな名案であってもサボりが許されるはずはなく、次の日にテストを待ち受ける子どもが「明日学校が爆発しないかな」と考えるのと同じ、ただの逃避でしかない。
「あー。隊長の煙草に悪戯したの誰よう」
 髪の長い少尉が、テーブルにだらりと体を預けながら、これまただらりと口を開いた。
「私じゃない」
「あんたやろうとか言ってなかった?」
「……実行犯は別だって」
 話に乗っかる周りの少女たちも、その口調からはかったるさがにじみでている。
「誰だっていいわよ、もう。滅多に貰えないブリタニアの煙草を台無しにされて、隊長おかんむりじゃない。今日マラソンしようって言い出したの、絶対そのせいよ」
 そんな少尉の言葉に、
「こっちの煙草、不味いからねぇ」
 束の間、くすくすとした笑いが漏れ出たものの、やはり長続きはせず、すぐため息に変わってしまった。
 なにせ、雪道のランニングは相当辛い。いつ終わるかわからないともなれば、それは尚更だ。命じる隊長が率先して走る以上あまり文句を言うわけにもいかないが、しんどいものはしんどいし、だるいものはだるいのである。文句を言えない分、余計タチが悪いともいえた。
「あーあー。やるんじゃなかったなぁー」
「やっぱりお前かぁ。このバカぁ」
 はああ、と、食堂内でため息が唱和された。
「見て見て! 拾ってきちゃった!」
 そんなかったるい空気を、唐突に、明るい声が吹き飛ばした。
 エイラを含めた一同が、一斉に声の方向へと視線を向ける。顔いっぱいに無邪気でド天然な笑顔を浮かべたエルマが、足元に一切注意を払わない危なげな足取りで、ぱたぱたよろよろと駆けてくるところであった。周りからは「転ぶなよー」という、まるで子どもに言い聞かせるような言葉を投げられながら、エルマはなんとか無事、転ばずにゴールを果たした。
「なにそれ?」
 同僚の一人がエルマの胸元を指差した。息を切らし、苦しげに上下する薄い胸には、なにやら茶色くふさふさとした物体が、大事そうに抱えられている。エルマはよくぞ聞いてくれました、とばかりに、
「子犬です、子犬。女の子!」
 じゃーん、と口で言いながら、嬉しそうなな顔で犬を差し出した。茶色い毛玉、もといアイリッシュセッターの子犬も、エルマと動作に合わせるように顔を上げ、舌を出しながら、つぶらな瞳を同僚に向けた。
「へぇ、可愛いねー。貸して貸して」
「あ、じやあ次私ー」
 たちまち、エルマの周りには人だかりができた。そして人だかりはみるみるうちに膨らんでいき、反比例するように、エルマの周囲の空間は狭まっていく。結果、哀れなエルマは、犬もろとももみくちゃにされてしまった。中には犬を触ると見せかけてエルマに触るような不届き者もおり、
「ひっ……!? 今お尻触ったの誰ですか!? って服! やだ、脱がさないでー!?」
 歓声に混じってエルマの悲鳴も聞こえてくる始末。
 その騒ぎは、隊長のルーッカネンが怒鳴り声で解散を命じるまで、ゆうに十五分は続いていた。
「は、はひぃ……」
 そのまま同僚たちは飛行場へと追い立てられ、後にはもみくちゃにされて目を回したエルマが一人、ぽつんと残された。
「あ、あれ? わんちゃんは……?」
 後に残されたのは、本当に、エルマだけだった。

 だるい。だるい。だるい。
 そんなことを言いながら、エイラはなんだかんだで先頭グループをキープしていた。
 目の前にいるのは中隊長のルーッカネンと、ハッセ、そしてラプラだけだ。つい先ほどまで、すぐ後ろにはニパもいたのだが、「ぶべっ」とかいう間抜けな声を最後に姿を消した。大方転んで遅れているのだろう。もしかしたら、後続に踏まれて雪に埋もれているかもしれない。ニパなら有り得る。
 それにしても……。
「いつまで……っ! 走るんだよ……っ!」
 滑走路を十周したところまでは数えていたが、もうわけがわからなくなってしまった。
 エイラはそこまで体力に自信がある方ではない。それに、体もまだ出来ていなくて、年上のルーッカネンらに着いていくのはなかなか骨である。
 順位は気にしないし、エイラ自身はびりでも構わないのだが、あまり遅いと、自由時間にルーッカネンからお小言をもらってしまう。希少な自分の時間を守るためには、最低限、これくらいの順位はキープせねばならなかった。
(エイッカ、私にはやたら厳しいかんなー……)
 エイッカは、ルーッカネンのあだ名である。エイラとルーッカネンの付き合いは大分長い。厳しさが期待の裏返しであることくらい、エイラにはわかっていた。面倒に感じることも確かにあるが、まあ、できる限りは応えられるようにしてみようと思っている。
 だが、段々とエイラは遅れ始めた。先頭を走るルーッカネンはともかく、ハッセとラプラもなかなか辛そうだ。ハッセは普段通り微笑んでいると見せて、眉をわずかにしかめているし、ラプラの無表情も若干崩れて疲労が見えている。
「ほら、イッル頑張って。その子も応援してるよ」
 ハッセが顔を後ろに向け、余裕を取り繕いながら、エイラを激励した。先輩のプライドというやつか。なんだかんだで芯の強いハッセらしい。エイラは歯を食いしばり、太ももに力を入れた。
 ……って、その子?
 追いついたエイラに笑顔を向けると、ハッセは足元を指差した。
 見ると、小さな茶色の毛玉が、エイラの足跡を追いかけるように走っていた。
「お前、エルマ先輩の……」
「ついてきちゃったみたいだね」
「しっしっ。あっちいけ。お前にかまってる暇はないんだ」
 エイラの言うことをわかってか、それともわからないでか。犬は尻尾を振りながら、前にでたり、後ろに下がったり、遊ぶようにエイラの隣を走る。
「気に入られたんじゃない?」
「さっきちょっと抱っこしただけだよ。まだなにもしてない」
 息も絶え絶えに、ハッセとそんな話をしていると、先頭のルーッカネンが怖い顔でこちらに振り向いた。
「お前ら、余裕だな。次の周回で終えようかと思っていたが、まだ大丈夫そうだ」
「うげ」
「もう五周いくぞ!」
 ルーッカネンの号令に、後続は悲痛な叫びで答えた。
 楽しそうなのは、エイラの隣を走る子犬だけ。
「お前のせいだぞ」
 エイラは恨めしげに、子犬を睨んだ。

「死ぬ……」
 限界まで走らされ、エイラはベッドに倒れ伏した。
 お小言は回避できたが、今日はもう、なにも出来そうにない。
「お前のせいだぞ……」
 枕に顔を埋めたまま、背中に乗っかる犬に文句を言う。もっとも、この子犬が話を聞かないのは、昼のマラソンで学習済みだ。人語を解さない駄犬なのか、わかっていながら敢えてエイラの言うことを無視する天才犬なのかは知らないが、それは別にどっちでもいい。……まあ、十中八九前者だろうが。
「エイラちゃん、もうその子と仲良しになっちゃったんですね」
 隣りのベッドから、エルマが羨ましそうに呟いた。
「なんで懐かれたかわからないです」
 それより、背中から退いてくれないだろうか。大した重さでないとは言え、寝苦しいことに変わりはない。
「はぁ。私が拾ってきたのになぁ……。どうやったの?」
「さあ……」
 エルマはエイラの横に立ち、犬を持ち上げた。犬は少し足をじたばたさせて抵抗したあと、諦めたようにエルマの胸に収まった。
 いいなあ。エイラの頭をよぎるその言葉は、エルマに抱かれる子犬に向けてのものだった。
 俯せになったまま、顔だけを少し動かして、羨ましげに犬をみる。エイラもまだ、甘えたい盛りの年頃だった。
「私も仲良くなりたいなぁ……」
 隙あらば逃れようとする犬を苦心して抱きながら、エルマが呟く。
 どうにか協力してあげたい。言い聞かせられるのなら、エルマと仲良くしろと言いもするが、どうもこの犬はかしこさが足りてないし、お手ですら、上手にできるようになるかは疑問だ。
 芸はおろか、トイレの場所も自分の名前も覚えられないんじゃないか。そんなことを考えて、エイラはふとした疑問にとらわれた。
「先輩」
「はい?」
「そいつの名前、なんて言うんですか?」
「……あ」
 忘れていたようだ。エルマらしいと言えば、エルマらしい。
「そっか……。考えてあげなきゃね。エイラちゃん、手伝ってくれる?」
「私が?」
「私だけだと変な名前つけちゃいそうで……。お願いします!」
 そうしてエルマは、なんのてらいもなく、ぺこりと頭を下げた。

 翌朝。エイラが目を覚ましたとき、エルマの膝の上で寝ていたことを知った。
 顔を赤くしながら、エイラは自分の太ももに頭を乗せて眠る、茶色の毛玉をなでながら、小さくお礼を言ったものだ。
 そしてもう一言。
「よろしくな、ペギー」
 彼女の名前を、付け加えて。

スポンサーサイト

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

萩原間九郎

Author:萩原間九郎
スオムス文庫やってます。

ご意見感想その他何かありましたら、以下のアドレスか、メールフォームをご利用ください。

hanzou.oohara鼎gmail.com
(鼎を@に変えてください)

管理画面

来客数
Twitter
スオムス文庫目次

クリックするとSSのリストが開きます。

※印のついているものはR-18です。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

リンクに間違っている箇所がありましたら、お手数ですがお知らせお願いします。

【スオムス文庫@501】

【スオムス文庫@502】

【スオムス文庫@504】

【スオムス文庫@いらんこ中隊】

【スオムス文庫@スオムス】

【スオムス文庫@その他】

【スオムスいらん子中隊涙する】

【Strike Witches 1947 - Cold Winter -】

【学パロ】

【各種サンプル(ストライクウィッチーズ)】

【死にたがりの赤ずきんと気の長い狼の迂遠な関係】

【オリジナル】

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
カテゴリ
最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
月別アーカイブ
最新コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。