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ア・リトル・デイ(前編)




 その日は、朝から雨が降っていた。
 こういう天気の時、『後になって思えば、何となく胸騒ぎを感じていた』などというのは、何かしら事件に遭遇した人間にありがちな錯覚だが、私の場合、そんな余裕すらなく、一日が始まると同時に事件に巻き込まれた。
「隙あり!」
「ぐあっ!?」
 眠っていた私の上に、何か重たいものが叩きつけられた。あわてて跳ね起きると、部屋はまだ暗い。その何かを手で抑え、目が慣れるのを待った。
「隙だらけだぞ、バルクホルン」
 幼い声。人か、私の上にいるのは。聞き覚えのない声のはずだが、知っている人間のような気もした。
「痛い。手を離せ」
 怒気を孕んだ声を、闖入者は私へ向けた。自分からのしかかってきていながら、やたらと高圧的な口調だ。本来怒るのは私のはずだが……。
 私は怒鳴りとばすべきか、迷いを覚えた。まだ早朝、怒鳴り声で他の者たちの安眠を妨げるのにはばかりを覚えたということもあるが、抑えつけられている子どもの正体がわからなかった。何か、理由があってのことかもしれない。そんなことを考えていると、
「おい、聞こえなかったのか。痛い。離せ」
 少女はさらに高圧的に、繰り返した。私は極力冷静に、口を開く。
「……聞こえている。誰だ、お前は」
「はっ。当ててみろよ」
 ……随分と生意気な子どもだ。私の誰何を鼻で笑ったぞ、今。いいだろう。そういうことであれば、私も迷うまい。生意気で礼儀を知らない子どもに、社会のルールというやつを教えてやるのも、年長者の務めだ。
「ああ、こんなところに……」
 私が怒鳴りとばしてやろうと息を吸い込んだ、そのとき。半開きになっていた扉の向こうから、呆れ顔のミーナが顔を覗かせた。ミーナはランプを手にしていて、まだ早朝だというのに、制服をちゃんと着込んでいるのがわかる。うむ、流石だ。軍人の鑑と言えるだろう。
「もう、なにをやっているの」
 叱るような口調。無論、私にむけられたものではない。言われた当人は、肩をすくめて静かになっていた。
「トゥルーデ。その子を放してあげて。それから、申し訳ないのだけど、早急にお願いしたいことがあるの。執務室にいるから、すぐに着替えて来てくれるかしら」
「了解した」
 なにやら状況はまったく飲み込めないが、事情があるらしい。私は二つ返事で、少女から手を離した。フラウなら、文句の一つも言うだろう。私も言いたい。たが、まあ、それは事情を聞いてからでも遅くないと考えたのだ。
 私は少女がミーナに連れられて出て行く様子を見送り、首をひねった。はて。どこかで、会っただろうか。しかと顔を見たわけではないが、その後ろ姿に見覚えがある。
 束の間、考え込んではいたが、思い出せそうにない。話を聞けばわかるか。私は立ち上がり、畳まれた下着に、手を伸ばした。寝るときは、裸だから。

「すまないミーナ。遅くなった」
 ちょうど五分後、私はミーナの執務室に足を踏み入れた。
「悪いわね、こんな朝早くに」
「いいさ。夜襲で朝も夜もない生活を送っていたことだって、前はあった」
 ミーナは手で、応接用のソファに腰掛けるように言った。そこには、既に先客がいて、小さな体をふんぞり返らせている。ミーナも何故注意をしない。私は歯がゆい気持ちになった。禄な大人に育たんぞ。
 ソファに腰掛けた私は、ようやく少女の顔を見ることができた。桃色を帯びた金髪。猛禽のようなツリ目。嘲るように歪めた口元。ああ、どうにも好きになれそうにない。あまりにも似過ぎてているのだ、あの生意気なアフリカの星に。
 少女から目をそらし、私はミーナへ視線を向けた。早く、事情を教えてもらいたい。
 ミーナは苦笑し、それから口を開いた。
「その、ね、トゥルーデ。信じられないかもしれないのだけど、この子のこと、私たちは知っているのよ」
「……? どういうことだ?」
「この子はマルセイユ大尉。アフリカの星よ」
「……は?」
 私の知るあいつはもっとデカかった気がするんだが。……まあ、あの中身には相応しい外見、と言えなくもない。しかし、突拍子もなさすぎるだろう。本人というには、その、なんだ。縮みすぎている。
「……縁者か?」
「いいえ、本人よ」
「ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ?」
「ハンナ・ユスティーナ・ヴァーリア・ロザリンド・ジークリンデ・マルセイユ」
「ふむ……」
 長ったらしい名前の、どこか一文字だけが違っているということもない。まあ、ミーナがこういったことで冗談を言うはずもないのだが……。しかし、しかしだ。どうみても子どもじゃないか、こいつは。無駄に高かった背丈は私の胸元まで縮み、まるで半分の大きさになってしまったようだ。第一、あいつはフラウと同じ歳のはずだろう。どうみても、十歳を超えているようには思えない。そんな馬鹿な話があるだろうか?
「いい加減信じろよ、シスコン石頭」
「……」
 前言を撤回する。紛れもなく、マルセイユだ。理屈など必要ない。私をここまで殴りたいという気持ちにさせるなら、例え見た目が少女だろうとオッサンだろうと、それはマルセイユに違いない。
「ふ、二人とも! 殺気立たないで!」
 額をぶつけ、メンチの切り合いを始めた私たちを、ミーナが慌てて引き離した。
「まったくもう……、お願いし辛くなるじゃない……」
「……ああ、そういえば、頼みごとがあると言っていたな」
 マルセイユと睨み合ったまま、腰を下ろす。
「詳しい事情は後で説明するけど、少しの間、マルセイユと一緒に目立たないところで過ごして欲しいの」

「バルクホルン、メシ」
 夜も明けぬうちから私たちはロマーニャの街に出かけ、ミーナの指定した宿に入っていた。マルセイユはベッドに寝転がり、さっきからメシ、メシと言い続けている。無視していたが、ダンダン煩わしくなってきた。
「そんなに食事が欲しければ、自分で買ってこい」
「は? どうやって? ここから出るなと言われているのに」
「くっ」
 マルセイユがこんな姿になった経緯は知らないが、ミーナからは元の姿に戻るまで、極力人目に振れさせないよういわれていた。説明されずとも、その辺の事情には想像がつく。研究所送りにされかねないとか、アフリカ将兵の士気が低下するだとか。
 だから、その辺は納得できる。だが。
「何故私なんだ……」
 マルセイユのお守りに私を当てたのは、はっきり言おう。ミスキャストだ。ミーナらしくもない。他に誰がいる、と言われれば困るが、だからといって私をあてるという選択肢は有り得ない。あと三日ほどで元の姿に戻れるらしいが、三年に匹敵する苦行だ、これは。
「私も言いたいね。なんでお前なんだ。まったく、偶然休暇が手に入って儲けた気分になっていたのに、これじゃあ研修旅行だ。どうせならあのちっさい扶桑の娘とか、ブリタニアの娘とか、そっちを回してくれれば良かったんだ」
 相変わらずよく回る口だ。この場に針と絹糸があれば、びっちり縫い合わせてやるところだ。
「安心しろ。お前に規則を守らせようとは思わん。というか、何かを期待するのも諦めた」
「……っ! は、はんっ。あ、ありがたいことだな! わ、私が元のサイズに戻るまで、精々従兵やっててくれよ、バルクホルン大尉殿!」
 マルセイユはそう言って寝返りを打ち、私に背を向けた。表情が見えなくなり、なにを考えているか不気味にもなったが、静かになったので、それで良しとした。眠っているのかもしれないし、だとすれば起こして騒がれるのも億劫だ。
「食事を買いに行ってくる」
 やはり反応は、なかった。

「な、ななななななな」
 その夜、寝る準備を始めた私の前で、マルセイユが唐突に奇声を上げ始めた。
「なんだ、一体」
「何故全部脱ぐ!? 変態か!!」
「何を言っているんだ、お前は」
 服も脱がずに熟睡できるか。
「第一、今朝お前は私の寝室での姿をみていただろう」
「あんなに暗くて見えるか!!」
 まあ、それもそうだ。
「だ、第一そんな格好で寝てるときに夜襲があったらどうするつもりだ! 軍人の心構えとかどうなってる!」
「すぐに衣服を身に付けられんでなんの軍人か。それに、万が一時間がなければ服を着なければいいだろう」
「へ、変態! 近寄るな!」
「空では誰もみていまい。私としてはお前のあの少女趣味の寝間着の方が余程恥ずかし……」
「見たのか! あの写真を、見たのか!?」
「まあ、有名だからな」
「お前にだけは見られたくなかったのに……」
「似合っていたぞ」
「さっき恥ずかしいとか言ってただろうが!」
「気を使ってやったというに……」
「最後まで使い通せ!」
 ぎゃあぎゃあと喚く、マルセイユ。その姿が何故か楽しそうに見え、私には度し難かった。





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