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ア・リトル・デイ(後編)

 やりすぎた。
 そう思ったときには、もう遅い。
 お前にはなにも期待しない、なんて、冷たい言葉を浴びせられて初めて後悔する。とても鈍い。
 昔から、周りに迎合するのは好きじゃなかった。
 不和な家族、ぎくしゃくとした日常。両親が私のことを見てくれたことは、一度もない。眼中にない。そう、私はあの人たちの視界に入ってはいなかった。あの人たちは、いつだって自分のことだけで一杯一杯。娘がどんなことになろうと、自分の体裁さえ守れれば、それで良い人たちだった。
 いつからか、私は他人と違う行動をとるようになっていた。そして、常に一番であろうとした。孤高であろうとしたのだ。そうすれば、有象無象に埋もれてしまうことはない。両親にみてもらうことは、ずっと早くから諦めていた。誰でもいい。誰か、私を見て。切実だった。賞賛までは望まない。ただ、誰かに認識されている。そう感じられるだけで、私は救われた。
 今更、誰かの気持ちを察して動くなんてこと、出来るはずもない。孤高であろうとしたその代償だ。
 だというのに、私は傷ついている。
 自業自得なのは、わかっていた。慣れているとも思っていた。だが、胸にわだかまる刺々しい痛みは、私が泣きたがっていることを、容赦なしに伝えてくる。
「食事を買いに行ってくる」
 バルクホルンの呼びかけに、私は答えることができなかった。背を向けたまま、扉の閉まる音を聞いていた。
「馬鹿……」
 バルクホルンに対して言った。その、つもりだった。
「馬鹿だ……」
 なのに、胸が締め付けられる。
 叱られるのは良い。むしろ、心地の良いくらいだ。叱るとき、人は真っ直ぐに私の目を見る。瞳に私の顔が反射しているのをみると、たまらなく安心する。
 ただ、バルクホルンには嫌われてしまった。諦められてしまった。認めたくないが、認めるわけにはいかないが……。でも、私の心は、それを悲しんでいる。
 わかってくれても、いいじゃないか。
 私じゃなくて、ハルトマンなら、お前は絶対あきらめないくせに。
 身勝手な思いが、胸を焼く。
「くそっ」
 涙が零れるのは、子どもの体になったせいだ。
 滲む視界を、手の甲で拭った。

 眠っていたようだ。ゆっくりと、身を起こす。バルクホルンは、こちらに背を向けて本を読んでいた。
 腹、減ったな。
 口には出さず、立ち上がる。そういえば、昔はこうだったっけ。幼い頃の記憶が蘇った。両親が一言もなく過ごしてしている不気味な居間を通り抜け、自分で食事の用意をしたものだ。
 士官学校に入校して以来、久々の感覚だった。やはり、良いものじゃないな。痛む胸を抑えながら、バルクホルンの後ろを通り抜けた。
「起きたのか」
 背を向けたまま、バルクホルンに声をかけられた。てっきり無視されていると思っていた私は、驚いて身をすくませてしまった。
「座っていろ。怪我をされても困る」
 声音は相変わらず冷たい。なのに、嬉しかった。たとえ嫌われていると、わかっていても。
 夕食は簡素なものだったが、不満はない。食べながら、バルクホルンの手料理を食べる機会はあるのか、そんなことを考えていた。

 寝る直前、突然脱ぎだしたバルクホルンにも驚いたが、さらに驚いたことに、私にも脱げと言ってきた。
「なにをする気だこの変態!」
 身の危険を感じ、後ずさる。
「な、ななな何もせんわ!」
 狼狽するバルクホルンが、さらに怪しい。
「か、勘違いするんじゃない! 寝てる間に体が戻ったら服が破けてしまうだろう!」
「……」
「なんだその目は!」
「……いや」
「……っ。もう知らん! 勝手にしろ!」
 バルクホルンは顔を赤くしたまま、布団に潜り込んでしまった。
「あ、おい……」
 それっきり、反応はなかった。
 また、謝りそこねてしまった。折角会話ができていたのに、ごめんの一言が出てこない。情けなかった。よくよく考えなくても、バルクホルンがこうして基地を離れているのは、私のせいなのに。
 私は服を脱ぎ、自分のベッドに入る。
 悪かったよ。
 心の中で呟いた一言は、伝わりはしないだろう。それでも、少しだけ、気持ちは軽くなった。
 起きたら、今度こそ謝ろう。
 瞼を閉じる。今日は、疲れた……。

 時間はあっという間に過ぎ去った。
 喧嘩もしたし、そのうちの何度かは、謝ることもできた。私とバルクホルンの関係に変化はないが、それでも楽しい時間だった。
 身体さえ、元に戻っていれば。
 私の身体は、三日が経ち、それが四日、五日となって一週間になっても、元に戻る気配はない。
 マティルダは三日前後で戻るだろうと言っていた。なのに、これはどういうことなのか。流石の私も焦らざるを得ない。
 バルクホルンも気を使ってか、私に対して厳しいことを言わず、腫れ物を触るような態度になっていた。それが、余計に気に障る。
 何故、戻らない。マティルダの見立てが間違っていたのなら、一度アフリカに戻って治療法を探すべきではないのか。苛々としながら、私は部屋の中をうろついていた。
 休暇で誤魔化すのもそろそろ限界のはずだ。本国に知れたら、それこそ研究者達が満足するまで、病院生活を強いられるだろう。とても二十歳までに退院できるとは思えない。そのまま私は、かつてこんなエースがいたと、教科書や伝記の中だけの存在になってしまうのか。孤独に、アフリカの星と呼ばれた過去だけを寄りどころに、ベッドに縛り付けられるのか。
 嫌だ……。そんなのは、嫌だ。
 私には、アフリカが必要なんだ。アフリカで共に戦う、彼女たちが。私にとっては、彼女たちだけが家族だった。初めて知った、本当の家族。喜びも、悲しみも、怒りも、全部全部、彼女たちと共有してきた。
 離れたくない。
 一緒にいたい。
「マルセイユ、お前……」
「……」
 背後から声をかけられても、私は振り向けなかった。
「泣いているのか」
「うるさい」
「慌てるな。まだ一週間だ。きっとすぐ戻……」
「無意味な慰めはやめてくれ!!」
 叫んでいた。叫んでしまっていた。
 そして、私は駆け出した。ドアを開け放ち、外へと飛び出す。バルクホルンはどんな顔をしていただろう。呆れていたか、それとも身勝手な言葉に、怒っていたか。
 私は振り返ることなく、駆けていた。全力で、息が切れても、必死に駆けた。道なんて関係なかった。行き先すら関係ない。バルクホルンの追ってこないどこかに行きたかった。空虚な慰めを受けることのない、静かな場所を目指したかった。
 遮二無二駆けて、途中何度も転び、藪に引っかけられて傷だらけになりながら辿り着いた場所は、潮騒だけが響く、静かな海岸だった。
 誰もいない、夕日が景色をオレンジ色に染め上げるその海岸で、私は声を上げて泣いた。
 情けなくて、寂しくて、腹立たしくて、不安だった。ごちゃごちゃな私は、なにも考えられなくて、ただ棒立ちになってしゃくりあげるだけだ。
 肩に、手がおかれた。
 華奢な手だ。悲しいほどに、銃の似合わない、白い指。振り返るまでもなく、誰のものかわかる。私は無言で振り払った。こうやって、私はまた、好意を無碍にする。どうしようもなく、情けない人間だと思った。
「……すまない」
 なのに、謝ったのは、あちらのほう。
「私が悪かった」
「……」
「お前のことを、強いやつだと思いこんでいた」
 私は、強い。弱くなんかない。
「お前は弱い。だが、それを見せまいとしてきたんだろう。私もそうだった」
 バルクホルンに抱き寄せられた。
「寂しいなら、そう言えばいい」
「さびしくない」
 しがみつきながら、涙声で反論する。
「たまには正直に言ってみろ。楽になる」
「さびしくない」
「意地っ張りだな」
「さびしくない」
「わかったわかった」
 そう言ってる間も、バルクホルンは私を抱きしめてくれていた。
「さびしく、ない」
 本当だ。だって今は。お前が、いるじゃないか……。

 結局、私の身体が元のサイズを取り戻したのは、それから二日後のことだった。
 目を覚まし、顔を洗おうと洗面所に向かった私は、鏡に映る自分の姿を見て、信じられない気分になった。
「とうっ」
「ぐあっ!!!?」
 歓喜した私は、服も着ないまま、いつぞやのように、眠っているバルクホルンの上へとダイブした。
「見ろ! 戻ったぞ!」
「く、苦しい……」
「ははっ! 戻った! 戻った!」
 バルクホルンの上ではしゃぐ私。私が動く度に、バルクホルンは苦しそうな呻きを漏らした。
「ああ、本当に嬉しい。キスでもしてやりたい気分だ」
 ……というか、してやった。深いヤツを、バルクホルンの口に。
「んんーっ!?」
 バルクホルンが暴れるが、腕をがっちりと回しているので、逃れられない。入れた舌を噛まれないか冷や冷やものだが、そのときの私の浮かれ具合といったら、そんなものを一切気にしないほどだった。
 薄いシーツ一枚を挟んで、私とバルクホルンの裸体は密着している。徐々にバルクホルンの力が抜けていくのがわかる。
 これはまずい、と気がついたのは、私の手がバルクホルンの胸に延びていることに気づいた時だった。
「ふん。感謝のしるしだ」
 慌ててそう取り繕い、バルクホルンの鎖骨を強く吸う。痕が残ったのを確認して、私はバルクホルンから身体を離した。
 バルクホルンは潤んだ目で、恨めしそうにこちらを見ている。
 どきり、とした。
 私は振り切るようにベッドを離れ、素早く衣類を身に着ける。
「じゃあな。世話になった」
 そう言い残し、さっさと宿をでた。そうでもしないと、あのままずるずる、どこまで行ってしまうかわからなかった。後ろ髪は引かれたが、でもきっと、これで良かった。
「マルセイユ!」
 背後から声がした。
 振り返ると、窓からバルクホルンが顔をのぞかせていた。
「……気をつけてな」
「……っ」
 つまらない、言葉だ。
 私はさっさと前を向き、片手だけを上げて、その声に答えた。
 にやけた顔を、見せないように。


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