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夜の朝顔

 この日はあまりに暑かった。
 待機中、その気温にうだったクルピンスキーは、滑走路脇にデッキチェアを引っ張り出し、水着姿で、堂々と肌を晒して横たわっていた。
 周囲の視線を気にする様子はない。ロスマンやサーシャに咎められれば、整備兵にサービスしていると答えるだろう。一緒にどうか、と勧めて殴られるまでがワンセットである。まあ、本音は、ただ暑いからなのだが。
 それにしても、暑い。次の休暇、少し遠出して海か湖へ、泳ぎに行こうか。いや、休暇を使わず、訓練名目でなんとかならないか……。そんなことを考えているクルピンスキーの頭上へ、誰かの影がかぶさった。
 視線を向けると……、その小柄な人影は、管野のものだった。
「お、おう、中尉。その、なんだ。いい天気だな」
 管野はそう言ったきり、そっぽを向いて口をつぐむ。珍しいこともあるものだ。クルピンスキーは驚きを表情に出さないよう気をつけながら、優雅に身を起こした。
「ちょっといい天気すぎるね。少しくらい雨が降ってくれても、私は全然かまわないよ」
「そ、そうかもな……」
 管野は視線をそらしたまま、わずかに、そう答えただけだった。
「それで、何か用かな。一応、隊長から許可はもらってるんだけど」
「……別に、中尉に文句をつけに来たわけじゃねえ」
「あ、そうなの?」
 だらけ過ぎを注意しにきたのかと思いきや、そうではないらしい。まぁ、それなら管野ではなく、サーシャかロスマンが真っ先に飛んでくるか。本当は許可なんてもらっていないので、行き過ぎと判断されればラルが来たかもしれない。今のところ黙認されているようだし、管野が注意しにきたというのでなければ、安心してだらけていられるというものだ。
 しかし、そうなると一体なんの用か、心当たりがなくなってしまう。
 目的もなくただ喋りに来た、ということはあるまい。管野はクルピンスキーとの会話が、あまり得意ではない。軟派な喋り方が苦手なのだと言う。はっきり面と向かってそう言われ、クルピンスキーは苦笑したことがある。
 そんな言い辛いことをすら堂々と言ってのけた管野が、今クルピンスキーの目の前で、一体何を言いよどんでいるのか。クルピンスキーの好奇心が、むずむずとくすぐられた。
「ふうん。あ、もしかして、デートのお誘い? 嬉しいなあ、私が誘っても断られるばかりな、のに……?」
 お決まりの冗談は、尻すぼみになった。管野が驚いたように目を見開いて、こちらを見ていたからだ。
「えっ」
「……悪いかよ」
「な、何が?」
「オレが中尉を誘ったら、悪いのかよ……」

 それから十日後、クルピンスキーは扶桑の地を踏んでいた。
「こっちはこっちで暑いなぁ……」
 扶桑の夏は、気温だけでなく、張り付くような湿気もある。なんとなく避暑地に来た気分になっていただけに、中々苦痛なものだった。
「おい、中尉、こっちだ」
 私物を詰めた袋を男らしく肩に担いだ菅野が手を降った。
「はい、はい、っと……」
 クルピンスキーはゆっくりと振り向き、そちらに向かって歩き出した。
 この後、どこに向かうかをクルピンスキーは知らない。したがって、菅野についていくしかなかった。何度聞いても菅野は行き先を教えようとはせず、ぶっきら棒に、来るなら黙ってついて来いと言うだけである。
 輸送機の中でも管野はむっつりと本を読んでばかりで、あまり会話がなかった。誘われたときは舞い上がったクルピンスキーだが、流石に少し、気詰まりになり始めていた。
(もうちょっと、ムードとかさ……)
 折角誘ってくれたのだから、いくら苦手でも、少しくらい会話に付き合ってくれても良いではないか。普段のクルピンスキーなら、そういった不満は飲み込むなり、受け流すなり出来るのだが、今回は少し、管野に対して恨めしい気分になっていた。誘われて以来どれほど楽しみにしていたか、管野はわかってくれようとしないのだ。
 沈みがちな思考に、移動の疲れと、サウナのような湿った外気が追い打ちをかける。
 今は何より、シャワーが欲しかった。

「着いたぞ、中尉」
 汽車に揺られ、車に揺られ、ようやく到着したのは、一軒の家だった。日はまだ高いものの、少しずつ暮れ始めているようにも見える。時計の針は、四時を指していた。
「……ここは?」
「オレん家」
「ナオちゃんの……?」
 実家に連れてこられた、ということなのか。
『ただいまかえりました』
 困惑するクルピンスキーをよそに、管野は門をくぐりって玄関を開け放つと、扶桑の言葉で何かを叫んだ。
『お帰りなさい、直枝さん。そちらの方は……』
 出迎えたのは、艶やかな黒髪の、小柄な女性だった。無論、彼女の言葉も扶桑語である。クルピンスキーには何を言っているか全く理解できないが、優しげな声音が印象的だった。
 管野の柔和な表情から、この人が噂に聞く姉なのだということを、クルピンスキーはすぐに悟った。そして、自分がこの場にいるのが場違いなのではないかという気分に襲われる。
「ようこそいらっしゃいました。姉のかほるです。妹が、お世話になっています。どうぞご自分の家だと思って、寛いでいってくださいね」
 流暢な、ブリタニア語だった。管野の姉の微笑が、いつのまにか、クルピンスキーに向いていた。そこでようやく、クルピンスキーは自分が話しかけられたのだということに気がついた。
「は、はぁ。よろしくお願いします……」
 我ながら、間の抜けた答えだと思う。しかし、どうしても、手をとってその甲にキスしようという気分には、なれないのだった。
「お名前を伺っても?」
「……失礼しました。ヴァルトルート・クルピンスキーです」
 らしくない。調子が狂いっぱなしだ。
「直枝さんは部屋に荷物を置いてらっしゃい。客間には私がご案内しておきますから」
「わかりました。……そうだ、中尉」
「?」
「あと二時間したら、部屋まで迎えに行く。その時にはいてくれ」
「わかった」
 疲れた顔で、クルピンスキーは頷いた。

 それから二時間、クルピンスキーは着替えもせず、ただ畳の上に身体を横たえて、ぼんやりと時間を過ごしていた。
 迎えに行くからその時間には部屋にいてくれ。
 そう言われずとも、クルピンスキーには部屋から出るという選択肢がない。疲れていたし、何よりそんな気分ではなかった。
 管野の姉は良くしてくれたが、管野はどうしてああも余所余所しいのか。こうして家に呼ばれたということは、嫌われているわけではないはずだ。それでも、こうして一人客間に二時間近くも放置されていては、怪しいという気もしてくる。
 深い深い、溜息が漏れた。
「中尉、いるか?」
 部屋の外、麩を一枚隔てたところから、管野の声がした。
「……いるよ」
 横になったまま、つぶやくように答える。
「入るぞ」
 どうぞ、と答える前に襖が開き、管野が姿を見せる。
 クルピンスキーは思わず身体を起こし、息を飲んだ。
 管野は、浴衣を身にまとっていた。清らかな白地に、水色の朝顔があしらわれた、空を織ったような布地。初めて見る姿なのに、油と硝煙に汚れたフライトジャケットより、ずっとずっと、管野らしかった。
「……」
「……」
 管野はクルピンスキーを睨み、クルピンスキーは驚いた顔のまま、管野から視線を逸らせない。奇妙な膠着状態のまま、数分が経った。
「……なんか言えよ」
「に、似合ってる」
「……おう」
 そしてまた、沈黙。
 クルピンスキーは自分の胸が早鐘を打っているということに、ようやく気がついた。
「ナオちゃん、本当に、似合ってる。凄く可愛い」
「お、おう……」
 頬を赤くして、気まずげに人差し指で顔をかく仕草が、どこかアンバランスで、そこもまた可愛らしい。思わず抱きしめそうになるほどに。クルピンスキーからは、疲れや鬱々とした気分が、一気に抜けていた。
「なあ、中尉。その、見せたいものがあるんだ。ちょっと来い……、じゃなくて、見にいかねぇか……、じゃなくて、見に、行きませんか……?」
「ぷっ」
「わ、笑うなよ!」
「ごめんごめん。いや、いいよ。普段通りで。かしこまらなくていい。その浴衣姿以上に、いいものを見せてもらえるのかな」
 顔を赤くした管野が拳を振り上げるより早く、クルピンスキーはその手を握っていた。

 ドン、という音が心臓を叩き、震わせる。
 しかし空にあるのは、高射砲の煙ではない。大輪の花である。空に、巨大な花が咲いていた。
「凄いね……」
 クルピンスキーが感嘆した。
「……おう。良いだろ、扶桑の花火」
「うん。すごい」
 語彙の乏しさは、自覚している。だが、こんな感動、どう述べたら良いのか。クルピンスキーにはわからない。
 花火は夜空に線を引いて登り、星空を明るく塗りつぶす。豪快で、繊細に咲く色とりどりの花たちは、見るものを飽きさせることがない。クルピンスキーと管野も、例外ではなかった。
 二人は言葉少なに、ずっと空を見上げていた。
 やがて、幾つもの花火が間断なく打ち上げられ、終幕を飾った。
 空は、静かになった。
 黒い空には星たちが戻り、見物客の喧騒も、やがて消えた。
 それでも、祭りの後の独特の寂しさに浸りながら、二人は、並んで空を見上げ続けていた。
「なあ、中尉」
 風の音と、虫の声だけになった川辺で、先に静寂を破ったのは管野だった。
「一緒に来てくれて、ありがとう」
 クルピンスキーが視線を向けても、管野は空を見上げたままだ。
「オレさ、中尉に見て欲しかったんだよ。お姉ちゃんも、オレの浴衣も、この花火も。……迷惑、だったかな」
「ううん。全然」
「そっか」
 やや間をおいて、管野は小さく、不安だったんだ、と呟いた。
「見て欲しかったけど、中尉が見たいものかわからなかったから。オレ、ずっと不安でさ。飛行機の中でも、こっちついてからも、全然落ち着かなかったんだよ。おかしいだろ」
「そう、なんだ……」
 何のことはない。管野の言葉が少なかったり、態度がそっけなかったのは、そういうことだったのだ。失望させた後のことばかり、悶々と考えていた。
 まったく、この子は、本当に。
「バカだなぁ」
「オレも、そう思う」
 へへ、と管野は照れくさそうに笑い声を漏らした。
「ね、ナオちゃん。来年、また連れてきてくれる?」
「……中尉の浴衣も、用意しとく」
 祭りの余韻も、寂しくはなかった。

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