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 雪の降る静かな街路を、坂本は歩いていた。
 その顔は憂色に満ちている。
「はあ……」
 この日十数度目の溜め息が、坂本の口から漏れた。
 慣れぬ仕事に疲れたわけではない。
 坂本は、悩んでいた。
 最初に夜を共にしたその日、土方が初めてでないと言ったことが、今更ながらに気にかかり、仕事に逃避でもしなければやっていられない有様だった。
 どんな女を、どういった経緯、どういった関係で、どのように抱いたのか? 土方はその女、もしくは女達をどのように思っているのだ? まだ、そのことを覚えているのか。覚えていたとして、自分と比べてどうなのか……。考え出せばきりがない。
 幾度かの逢瀬を経て、二人の絆は深まっているはずなのに。どうして、不安に胸を締め付けられねばならないのか。
 つまらぬことだとわかってはいた。しかしそれだけに、こだわる自分が嫌でもあった。
「くそっ」
 やりきれない気持ちは、濃い霧のように坂本の心を覆う。
 以前の自分なら、どうしただろう?
 なんの遠慮もなく、堂々と聞いただろうか。過去、お前と関係のあった女について教えろと。
 馬鹿げている。まったく、馬鹿げている。そんなことを聞けるほどの無神経さなら、そもそもこうして迷ったりはしない。
 惰弱な人間になった。その苦い認識が、坂本にはあった。
「……ただいま」
 暗い玄関をくぐり、一人で住むには広すぎる家に、坂本は帰りついた。一人だけのこの家に、挨拶を返す人間はいない。虚しく響くだけである。それでもつい口にしてしまうのは、無意識に寂しさを紛らわそうとしているせいかもしれなかった。
 坂本は灯りも付けず、自室に向かった。住み始めて一年が経つ。目をつぶっていても歩き回れるくらいにはなっている。
 食事も風呂も、外で済ませてきた。やることは何もない。これ以上余計なことを考える前に、さっさと着替えて寝てしまいたかった。
 服を脱ぎ、寝巻きがわりの浴衣に袖を通す。帯は土方から贈られたものだった。締めているのは腰なのに、何故か、胸が締めつけられるようである。他の女も、同じように帯を受け取ったのだろうか。そんなことを考えては、惨めな気持ちに襲われるのだ。
 女らしさに欠ける。そのことが気にかかって仕方がなかった。化粧の仕方もわからず、着飾ることも知らない。身体は未だに筋肉質で、柔らかみがないと思っている。凛々しいだとか麗しいだとか、そういう褒め言葉を頂戴することは確かにあるけれども、言われるたびに坂本は、女性らしさがないと皮肉られている気がした。
 眠れ。眠るんだ。
 身を横たえ、布団を被る。何を考えても、今はいい方向に向かいそうになかった。
「土方……」
 小さな声で、土方を呼んだ。
 突然、枕元の電話が鳴り出した。まるで、坂本の呼びかけに応えるかのように。
 慌てて飛び起き、受話器を取る。
「坂本だ」
『中佐。土方です。お休みだったでしょうか』
 心臓が飛び跳ねるようだった。土方から見えるわけもないのに、いそいそと浴衣を直し、手櫛で髪を整える。
「い、いや、起きていた。その、眠くはないし、暇を持て余していてな」
『それは良かった』
 電話越しの土方の声は、顔をあわせて話す時よりも、少しだけ低い。床を共にするとき、耳元で囁く時の声と似ていた。
『実は、この頃中佐が何か、思い悩んでおられるようだという話を耳にしまして……』
「……っ!」
『何か、私で力になれることはないかと思ったのですが』
「い、いや、大したことではないんだ。その、ちょっと気になることがあってな……」
『それは、機密に関わることでしょうか』
「いや、そういうわけではないが」
『よろしければ、お聞かせくださいませんか』
 土方の声は、この上なく優しい。この声に甘えてしまいたいという衝動を、坂本は堪えなければならなかった。
「気にするな。大したことじゃない」
『中佐。私では、お力になれませんか』
 いつになく食い下がる土方。
『私では力不足でしょうか』
「そうではない、そうではないんだ。……その、言うなれば、恥、なんだ。聞けば、幻滅するかもしれな」
『致しません。絶対に』
 決然と言い放つ土方。坂本は瞼を閉じた。そこに、土方の真剣な表情が、くっきりと浮かんだ。
「……ぜ、絶対だ。絶対だぞ。聞いても幻滅してくれるなよ」
『必ず』
 坂本は、深く息を吸った。
「お、お前の、昔の女について、知りたい」
 電話の向こうで、土方が絶句したのがわかる。
「だ、だから言ったんだ!」
『い、いえ! 中佐、お待ちください! 予想外の質問だっただけで、幻滅はしておりません……!』
「……本当か」
『勿論です……!』
「それで?」
『は』
「それで、教えてくれるのか?」
『わ、わかりました……。と言いましても……』

「……そうか」
『ご満足、いただけたでしょうか』
「うん。今になってみれば、どうしてこんなことで悩んでいたのか、というくらいだ」
 土方には、付き合った女性はいなかった。すべて上官や先輩に連れられて行った、遊び先での出来事だったという。
 愛した女性は中佐が初めてです。
 土方のその一言が、何よりも坂本を満足させた。
『予め、申し上げておくべきでした。本当に申し訳ありません』
「あ、謝らないでくれ! その、私がどうすればいいか、わからなくなる」
 電話の向こうで、土方が笑った。つられて坂本も笑う。
『他に悩まれていることはありませんか?』
「いや、もうない。十分だよ。気が楽になった」
『それは良かった……。それでは、中佐。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ……。あ、土方!」
『はっ』
「そ、その、愛してる、ぞ」
『え、』
 土方の答えを聞く前に、坂本は勢い良く、受話器を置いた。
 憑き物の落ちたような顔で、布団に潜り込む。
 腰を締め付ける帯が、土方に抱かれているようで、今は心地よかった。
 今日は、よく眠れそうだ。
 そんなことを考えながら、静かに眠りに落ちた。


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