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私の


 暑いな、と芳佳は思う。
 去年の、中学三年の夏も、こんなに暑かっただろうか。
 記憶を辿る。
 どうしても、暑さについての記憶は見つからなかった。
 あるのは、中学生最後の大会に向けて、必死に竹刀を振ったこと。大会を勝ち抜き、優勝したこと。そして大会の直後に、転んだ少女を助けようとして、左足を骨折したこと。
 高校に入学した芳佳は、剣道部に入部していた。ただし、マネージャーとして。
 最初は家庭部か、もしくは保健委員の活動に専念しようと考えていた。家庭部は料理、裁縫の他に、近所の老人介護施設を訪問するし、保健委員は行事で救護班を作ったり、日常的に保健室で保険医を手伝っている。そうして、誰かの助けになれることをするつもりだった。
 マネージャーとなったのは、中学時代の先輩に押し切られたためだ。坂本美緒。現在二年生の彼女は、中学校に入学したての芳佳が、剣道を始める切欠となった人だ。
「左足、前のように力が入らないんです」
 坂本から選手として入部するよう言われたとき、芳佳はそう言って首を横に振った。
 嘘ではなかった。剣道は、基本的に左足で跳躍する。体格で劣る芳佳がリーチの短さを補うには、人より遠くに跳ぶしかない。それが、過去の骨折で、思うようにいかなくなった。
 勝てないことを苦とおもう芳佳ではないが、思うように動けなくなったことで、どこか冷めてしまったのも事実である。
 それより、リハビリで親身になってくれた人々との交流を経て、誰かの助けになりたいという気持ちが強くなっていた。
 勿論、剣道に未練がないと言えば嘘になる。だが、芳佳は骨折したことを、少しも後悔していない。助けた子が、怪我をしなかった。それだけで満足するのに十分な理由である。
 それらのことを坂本は察しつつ、芳佳に入部するよう、熱心な勧誘を行った。
「宮藤。お前の本当に強いところは、技術じゃない。みんなを安心させられる、その人柄だ。いてくれるだけでいい。私達を助けてくれないか」
 それが殺し文句だったのだと思う。芳佳は、マネージャーとして、入部することを決めた。
 そして、入部からはやくも三カ月が経とうとしている。
 カレンダーには大きな『7』の文字。制服は夏服に代わり、皆が口癖のように、暑い暑いと繰り返している。

「坂本さん、お疲れ様でした」
 試合形式の稽古を終え、面を外した坂本に、芳佳は濡れた手拭いを差し出した。
「ああ、すまんな」
 坂本は顔、続いて首元を拭い、簡単にたたんで芳佳の手の上に置いた。身体も拭きたいようだったが、拭くのには胴を外す必要があり、まだ稽古が残っているため、諦めざるをえなかったのだろう。
「皆さん、気合い入ってますね」
「まあな。三年生は次が最後の大会だからな」
 芳佳は眩しそうに、道場内へ視線を送る。そこでは、三年生で主将の加藤武子と、同じく三年生で、実力は部内一と言われる穴拭智子が剣を合わせていた。
「坂本さんはメンバーに入れそうですか?」
「どうかな。当確は加藤先輩、穴拭先輩に、義子と徹子。最後の一人の枠を、醇子と争うわけだからな」
 剣道の団体戦は、五人対五人。そのうち四人が埋まっている。西沢義子と、若本徹子は坂本と同年代だが、その実力は加藤と穴拭に匹敵する。一方で、坂本もそれと並ぶ実力はあるのだが、この頃調子を崩していた。実力を上げている二年生の竹井醇子が、それに追いつかんとしている。
「難しいな」
 そう言って、ため息を吐く坂本の顔に、憂色はない。
 坂本は、この時期に、無理に自分が試合に出る必要はないと感じていた。スタメンの五人から漏れれば、補員として試合場に臨席し、万が一に備えることになる。無理矢理試合に出て先輩達の足を引っ張るより、自分にできることをやろう。そう考えていた。
 坂本が中学時代、無理に試合に出て苦い経験をしていることを知っている芳佳は、なにもいわず、ただ微笑んだ。
「さて、そろそろ私と醇子がやる番だ。ありがとうな、宮藤」
「頑張ってくださいね!」
 坂本は、頭に手拭いを巻きつけながら、笑った。
「当然だ。むざむざ負けてやるつもりはないさ。親友でもな」

 マネージャーの帰りは、少しだけ遅い。
 選手たちは自分の道具は自分で片付けるが、マネージャーの雑務は多かった。
 例えば、練習後に選手たちに出す麦茶のコップを洗ったり、備品の点検や、戸締まりの確認、そして道場の鍵を職員室へ返しにいくのである。
 もっとも、坂本を初めとして居残って練習する選手も多く、皆剣道型や居合型、素振りなどに集中している。そういうときは、鍵は選手に任せていいことになっていた。
「お仕事終わったので、お先します!」
 芳佳がぺこりと頭を下げ、選手たちが口々に、
「お疲れ様」
「おつかれー!」
「帰り道、気をつけるのよー」
 等々、明るく声をかけてくれる。
 そういうとき、マネージャーをやっていて良かったと思う。
 芳佳は道場を出、校門から足を踏み出した。
(あれ?)
 すると、石造りの校門に寄りかかる、見慣れない制服の少女が目に入った。
 長い髪をアップテールにまとめた、凛々しい目をした少女。彼女の制服は、確か、どこかの中学校の制服だ。
 誰かを待っているのだろうか?
 それなら、声をかけるのは野暮だろう。芳佳が前に向き直ろうとしたそのとき。
「あっ、あのっ……!」
 少女の方から、芳佳に声をかけてきた。
「あの、宮藤、芳佳さんではありませんか……?」
 不安げな表情で近付いてくる少女。
 先ほどは距離があったせいでわからなかったが、芳佳より十センチ近く身長が大きいようだ。
「そうですけど、あなたは……」
 物腰も、どこか大人っぽい。芳佳はつい敬語を使ってしまう。
「わっ、私っ! 服部静夏っていいます! その、中学校のとき、宮藤さんの試合を観て感動して! 怪我でお辞めになったと聞いて、残念だったんですけど、宮藤さんがまた剣道を始められたって聞いて、その、嬉しくて!」
 だが、そうでない一面もあったらしい。芳佳の手を取り、瞳を輝かせる姿は、年相応の女の子のものだった。
「あ、あはは……。ありがとう」
「次の大会、出られるんですか!? 私、絶対見に行きます!」
「あ、ううん。私は試合に出ないよ」
「そう、なんですか……」
 しゅん、と肩を落とす静夏。
「っていうか、私、マネージャーだから」
「……え?」
「今は、選手の人たちを助けるのが、私の剣道なの。ごめんね、期待してもらったのに」
「そんな……。私、そのこと知らなくて、その、なんてお詫びしていいか……」
 静夏は目に見えてうろたえている。触れてはいけないことに触れてしまった。そう思っているのだろう。
 芳佳は柔らかく微笑んで、静夏の手を握りなおした。
「ううん。気にしないで。確かに怪我も理由の一つだけど、今はマネージャーが楽しいの」
「でも、私、私……」
「選手にも、なれたかもしれないけど。でも、今選手になろうとは思わないんだ。マネージャーだって同じ部の仲間だし、今は選手を助けるのが私の剣道だから」
「宮藤、さん……」
「えと、服部さん、だっけ」
「は、はい」
「私は出られないけど、試合、見に来てくれる? きっと、服部さんが応援してくれたら、選手のみんなも頑張れると思う」
「宮藤さんは……」
「うん」
「宮藤さんは、私なんかの応援でも、頑張れるんですか……?」
 見ず知らずの、今日知り合ったばかりの中学生を。静夏の瞳は、わずかに潤んでいた。
「もちろん! だから、来てほしいな。どうかな?」
「い、行きますっ! 絶対っ!」
「そっか! ありがとう、服部さん!」
 
「あ、あの」
 去り際、静夏は手を腹の前でもじもじと動かしながら、上目遣いで芳佳を見ていた。
「? どうしたの?」
「静夏って、呼んでもらえませんか? その、良かったら、ですけど……」
「いいよ、静夏ちゃん!」
「あっ、ありがとうございます!」
「じゃ、帰ろっか。静夏ちゃんのお家ってどこ?」
「あ、下りの電車で四駅いったところで……」
「あれ、私と一緒だ。じゃあ、一緒に帰ろっか」
「いいんですか!?」
「勿論だよ。ほら、行こ! 静夏ちゃん!」

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