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背中合わせのボーダーライン

背中合わせのボーダーライン


 国境があった。
 金網があり、塹壕があり、兵士がいた。
 雪があって、木があって、敵がいた。
 僕たちは、敵に銃を向けない。
 向けるのは、背中だった。
 僕たちの仕事は、”こちら側”の人を、”あちら側”へ行かせないこと。
 そして、”こちら側”に来た人を、出迎えることだった。


 彼女との初対面は、背中合わせだった。
「はじめまして」
 金網越しに背中をあわせて、彼女は僕へ、そう言った。
 僕は無言だった。
「あら、無視?」
「…………」
「それとも恥ずかしいのかしら。女の子に話しかけられるのが」
「……服務規程だよ」
 僕たちは、”あちら側”の人間と言葉をかわすのを禁止されている。
 スパイの横行や、情報の漏洩を防止するためだ。
 それは”あちら側”の人間だって同じ。
 僕はこの国境線に立ってそろそろ一年が経つけれど、”あちら側”の人と言葉を交わしたことは一度だってなかった。
「面倒よね」
 大げさにため息をつきながら、後ろの彼女は呟いた。
 僕は答えない。
 彼女は言葉を続ける。
「こんな国の端っこで手に入る情報なんて、大したものじゃないでしょうに」
 それについては、同感だ。
 だからといって君と話したいとは思わないけど。
「ねえ、知ってる?」
 知らないね。
「今”こちら側”の女の子はね、みんな髪を伸ばしているの」
 ブームってやつかな。
 ”こちら側”だとショートカットが流行っていると、慰問品に混ざっていた雑誌で読んだ。真逆だ。もっとも、送られてくる雑誌は半年遅れだったりしているから、情報は古くなっているんだろうな。
「私はね、つい先週こっちに来たばっかりだから、情報は新しいのよ」
 でも、どんどん遅れていって、任期が終わる頃にはきっと時代に取り残されて、どこの田舎者って目で見られるんでしょうね。
 寂しげに、彼女は呟いた。
「あーあ。戦争なんて大ッキライ」
 僕もだよ。
 会いたい人と会えなくて、会いたくもない女と、背中合わせに会っている。
 こんな状況、早く終わって欲しかった。

 二度目に会った時も、三度目にあった時も、彼女とは背中合わせだった。
「元気してた?」
 最初の時のたった一度だけしか言葉を交わしていないのに、彼女は年来の友人のように、僕に話しかけてくる。
 顔は、お互い知らないままだった。
「こないだね、ハイスクールで一緒だった子から、手紙が届いたわ」
 僕が話さなくても、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
 他愛のない、退屈な話だ。
「飼ってる猫が双子を生んだの。名前を中々決められないって、手紙の中で嘆いてた」
 猫か。
 僕も猫を飼っていた。
 一人暮らしを始めた時に飼い始めて、5年近い付き合いだ。
 ……と言っても、ここに配置されてから一年は、休暇を除いてほとんど会っていない。こちらに来る時、両親のもとに預けてきたからだ。
 彼、オス猫なので彼と呼ぶが、僕が飼い始めた次点で結構歳を重ねていた。
 今じゃすっかり老猫だ。
 病気をしていないだろうかと、時折思い出しては不安になる。
「写真も入っていたの。ちっちゃくて、ふわふわで、とても可愛かった。目なんかすごくくりくりしてて、宝石みたいなの。猫って、年をとると毛並みがごわごわして、顔もなんか険しくなっちゃうけど、子猫って本当に可愛い。天使ってああいう顔のことを言うのかしら」
 想像して、危うく噴出すところだった。
 ごまかすように、僕は咳払いをする。
 そんな毛深い天使は、ちょっと御免被りたい。
 まぁ、今いるような、雪で覆われた銀世界なら、ちょっといいかもしれないけれど。
「そんな天使なら、きっと、雪山で凍死した時に現れるに違いないわ」
 まったく同じ事を考えていたようで、彼女はそんなことを言い出した。
「あれ、でも、猫って寒さに弱いわよね……。どうするのかしら。仕事熱心だから、大丈夫……?」
 ひとりごとを呟きながら、本気で悩みだす彼女に、その時少しだけ、興味が湧いた。

 この日も、彼女とは顔を合わせなかった。
「ここに来て、今日で半年が経ったの」
 おめでとう。僕は一年半だ。
「任期が終わるまであと一年半よ。長いったらありやしない」
 一年半、という言葉に、僕は反応した。
 なぜなら、僕の任期も残り一年半。
 ”あちら側”の任期は、こちらより一年も短いらしい。
 初めて知る真実。そして衝撃の事実だった。
「半年でも長かったのに、もう一年半もいたらどうにかなっちゃう」
  既に一年半をココで過ごしている僕は、もしかしてどうにかなっているのか。
「この間休暇を貰ったの。そしたら、みんな髪を切ってた。私がこっちに来る前は伸ばしてた子も、みんな、みんなよ。なんか知らないうちに知らないことになってて、一緒にいるのに寂しい気分だった」
 一緒にいるのに寂しい。
 どきり、とした。
 今の状況、それにあてはまっていないだろうか。
 いや、付き合ってやる義理はないのだけど。
「そしてね、こないだ手紙をくれた友だちの家に行ったの。猫の双子が生まれたっていう子、覚えてる? 前に話したと思うんだけど」
 そしたらね。
 彼女は、急に声のトーンを落とした。
「二匹とも、死んじゃったんだって」
 今日は、やたらと彼女の言葉が胸に刺さるな。
 僕はこっそり、頬をかいた。
 猫が死んだ。
 そう言われて思い出したのは、両親から送られてきた手紙。
 彼、僕の愛猫が、この頃食事をあまり取らないという知らせ。
 今すぐにでも飛んで帰りたかったけれど、休暇はまだ先で、堪えざるを得なかった。
「身体がね、弱かったんだって」
 季節は夏に近づいていた。
 湿った空気が、顔に張り付いてくる。
 汗が流れるのは、決してその気候のせいだけじゃない。
「生き物って、簡単に死んじゃうよね」
 彼女はそう呟いたきり、無言になってしまった。

「私ね、両親がいないの」
 その日も、彼女の話題には脈絡がなかった。
「パパもママも、戦争で死んじゃったんだって」
 戦争っていうのは、多分十年前に終わったやつのことだろう。
 ”こちら側”と”あちら側”で、派手なのがあったと聞いている。
 僕は子どもだったからよく覚えていないけど、こうして国境線に立たされている今の立場を考えると、十分そのアオリを受けていると言っていい。
「施設で育って、奨学金とかもらいながらなんとかハイスクールを卒業して、すぐに軍隊に志願したの。お金がなくて。でも、そしたら今度は使う時間がなくなっちゃった」
 それは、わかる。
 僕達も金は会っても使う機会がない。
 非番の時に近くの街に出かけて酒場で管を巻くか、あるいはポーカーで負けるか。
 両親への仕送りをしなければ、きっと使い切ることはないに違いない。
「そしたら、なんだかね。友だちとも話が合わなくなっちゃって。それはそうよね。みんなまだ学生やってたりするもの。そんな中に一人毎日のように銃を担いで金網の前に立ってるのが混ざったら、それは確かに異質よね。わかってる、それはわかってるんだけど。でも、ね」
 彼女は一度、言葉を切った。
「帰る度に寂しくなってって、居場所はここにないんだって思えるようになって。私、何のためにここに立ってるんだろって、そう思っちゃうのね」
 まあ、分からないでもない。
 僕は両親が健在だし、軍隊に友人もいる。
 だから決して寂しくはないのだけど、時折、疎外感を感じることはあった。
 それが、彼女にとってはずっと続いているということだろう。
「私、会ってみたい人がいる」
 また、いきなり話が変わった。
「私、行ってみたいところがある」
 声には、決意が込められていた。
「未練も、ないしね」
 まるで、自殺する前の決意表明だな。
 意地悪なことを、僕は考えていた。

 唐突に、銃声が響いた。
 僕はベッドから跳ね起きると、即座に着替えて飛び出した。
 右手には、背負いなれたライフル。
 いつでも安全装置を外せるように、身構えながら駆けていく。
 昼よりも明るく照らしだされた金網。
 僕が駆けつけた時には、全部終わっていた。
 眼の前に横たわっているのは、見覚えのない、きっと”あちら側”の軍服を来た、亜麻色の髪の少女。
 胸から血を流して、彼女は息絶えていた。
 きっと、これが僕と彼女のはじめまして。
 そして、さよならだった。

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テーマ : オリジナル小説
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