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掠れた世界


「本当だわ。駄目になってる」
 埃と空き瓶で埋まったアパートの一室。
 ねぐらとしているこの場所で、ソファに横たわるビューリングは、聞こえるはずのない声を耳にした。
「あ……?」
 眩しさに目を細める。住み着いて以来、一度も開けたことのないカーテンが開けられていた。
 窓から差し込む陽光。
 それをバックに、ビューリングは幻覚を見た。
「……飲みすぎたか」
 左手にある、ウイスキーの瓶を振る。残り三分の一まで減った琥珀色の液体が、耳障りの良い、魅力的な音を立てた。
「……別に、邪魔しなければ、なんでもいいか」
 幻覚が見えたところで、所詮何も出来はしない。
 そう思い直し、蓋を開けた瓶を口に運ぶ。
 だが、口に瓶が触れるより早く、それは幻覚に取り上げられてしまった。
「邪魔するに決まってるでしょ」
「……幻覚の癖に」
「ふぅん」
「……出ていけ」
 幻覚は、ビューリングの言葉通りに、黒く長い髪を宙に舞わせ、踵を返した。
 そうだ、出ていけ。
 たとえ幻覚だとしても、お前にこんな姿を見られたくはない。
 他に飲みかけの瓶はなかったかと、ビューリングは僅かに身を起こし、床を手で探る。
「……空か。これも。これもだ」
 くそ、と悪態が口を突く。
 どれもこれも、中身がない。
 また、買いに出なければならない。
 酒は必要だ。
 ソファに腰掛ける。
 二日、食事を取っていない。
 それ以前にも、食事は欠かしがちだった。
 体力がない。立ち上がるのも一苦労だ。
 煙草に火をつける。
 たったこれだけの動作で休憩が必要なほど、ビューリングは衰弱していた。
「……別に、いいさ」
「いいわけないでしょ」
 再び、聞こえるはずのない声。
 はっと顔を上げたビューリングの顔に、塊のような水が直撃した。
「…………」
 びしょぬれになった煙草の先端から水を滴らせつつ、ビューリングはぽかんとした顔を正面に向けていた。
 そこには。
「目、さめた?」
 幻覚が。
「あんたが駄目になったって聞いたから来てみれば、予想を遥に上回る駄目っぷりで驚いたわよ」
 智子の幻覚が、仁王立ちしていた。
「何、この部屋。酒瓶だらけじゃない。ご飯食べてんの?」
 幻覚の智子は、手に持っていたバケツを、無造作に床へ放り投げた。
 空っぽのバケツはガシャン、という音を立て、床を転がる。空の瓶に当たって止まったバケツは、水に塗れていた。
「なんとか言ったら?」
 柳眉を逆立て、智子は立っている。
「あ、その」
 咄嗟に言葉が出ない。
 最早用をなさなくなったタバコを摘まみ、指先でもてあそぶ。
 その後、ようやく出てきた言葉は、
「その、すまん」
 何故か、謝罪の言葉だった。
「本当にそう思ってるの?」
「……いや、わからない」
 頭がぼうっとしている上、何から何まで唐突だ。
「……そう。もう一杯水が欲しいのね」
「ま、待て……!」
 また水をかけられてはかなわない。
 バケツを広い上げようとする智子を止めようと、ビューリングは慌てて立ち上がった。
「……あ」
 足が、もつれた。
 蚊の鳴くような声が、喉から漏れ出る。
 声を出す力すら、ビューリングには無かった。
 空き瓶だらけの床が、スローモーションのように近付く。
 倒れる。
 働きの鈍い頭がようやく未来予想をはじき出した瞬間、ビューリングは温かな体温に抱き留められていた。
「……軽っ」
 頭上から、呆れたような、驚いたような声がする。
 だが、ビューリングはそのことよりも、自分を抱き留める胸からする、懐かしいにおいに目を細めていた。
「あんたねぇ……」
 弱々しく抱きつくビューリング。
 幻覚は、心底あきれたようにため息をついた。
「ちょっと、ビューリング」
「……ん」
「あんた、まだ私のこと幻覚だと思う?」
「……思わない」
「私は誰?」
「トモコ」
「わかってるじゃない」
「すまん」
「本当にそう思ってる?」
「思ってる」
「何について」
「疑った」
「他には?」
「…………」
「ほ、か、に、は?」
「飯、食ってない」
「……。まあ、いいわ。似たようなものだし」
「トモコ」
「何? なんか声がすごく眠そうよ?」
「ああ、すごく……」
 智子は、深い深い、ため息をついた。
「なら、寝たら?」
「起きたら、お前がいないかもしれない」
「いるわよ」
「嘘だったら、死んでやる」
「そっちこそ、寝てる最中に死なないでよ。無駄足になっちゃうんだから」
 じゃあ、寝る。
 それは言葉になったかならないか。
 ビューリングは眠りに落ちていく。
「本当、バカなんだから」
 微かに見えた智子の顔は、笑っているようにも、泣いているようにも見えて。
 どちらか確かめようとして、ビューリングの意識は途切れた。


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