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金の花-2

二、
 年が明けた。
 師諷と師栄は共に黄鮑に匿われているが、その黄鮑の立場が微妙なものとなっている。
 経緯はこうだ。
 嬰公はまだ齢四十に満たない壮年の君主だったが、彼には子が一人しかおらず、それも庶子であるという事もあって後継と定められていなかった。嬰公の年齢が年齢であり、病気らしい病気もしたことがないだけに、その問題は先送りにされていたのである。
 しかし、前年の暮れにその嬰公が急死した。当然後継を決めねばならないが、その候補として挙げられたのが、先君の弟である公子済と先君の子である公子遼である。
 公子済は宰相の起良と組み、士からの後押しもあって瞬く間に人臣の支持を取り付けていった。その手並みは予め用意されていたのではないか、と思えるほど素早く、瞬く間に公子遼の味方は彼の傅(教育係)である黄鮑だけとなってしまった。
 公子遼にしてみれば君主になどならなくても良いが、公子済の残忍さは嫌というほど知っている。どうにか命を全うしたい。そういって黄鮑に泣きついたわけだが、黄鮑も味方といえるのは師諷ぐらいのものであり、頭を抱えていたのだった。
「まずは、公子を嬰都からお出しするべきだ」
 師諷はそう答えた。
「都のいる限り、周りは敵だらけじゃ。公子の食邑の方がお守りしやすい」
「だが師諷殿、それでは公子が国君の継承権を放棄したことに…」
「どの道、今のままでは国君の座には着けまいよ。逃れて再起を期する方がよほど成算があろう」
 黄鮑はうなだれた。庶子であり、常に冷たい目に晒されてきた公子遼を、彼はずっと見守ってきたのである。その公子遼が、ようやく日の当たる所へ出られようというところで、また逆風が吹き始めた。それどころか命すら狙われている。まだ十六の、少年とも言える年齢の公子を思うと、黄鮑は不憫でならなかった。
「のう黄鮑。お主の気持ちはわかる。だが、まずは公子をお守りするところから始めようではないか。嬰君の崩御は何か臭う。希望が無いとは言えまいよ」
 師諷の慰めに、黄鮑は無言で頷いた。
 翌日、黄鮑は公子遼と面会し、食邑である花陵への脱出を決めた。
 公子遼は宰相や大臣の集う会議に呼ばれていたが、病気を理由に欠席、そのまま療養のため食邑へ戻ると伝えた。
 これを聞いて狂喜したのは公子済である。
 彼からすれば、先君が身罷ってすぐにただ一人の子が死ねば、疑惑は自分に降りかかる。それ故公子遼の扱いを苦慮していたのだが、自ら国君の継承権を放棄するという。
「遼公子に見舞いの品をやれ。それなりのものを選べよ。国君の位をくれるというのだからな」
 家人にそう言いつけて、彼は高らかに笑った。
 公子遼は開放された気分で都を出た。道中、常にその両側は師諷・師栄の父子が固めている。道は極力邑を避け、開けた土地に野宿した。殆どの邑は宰相を抱き込んだ公子済に帰順しているだろう。護衛を申し出る所はあったが、すべてを拒絶した。目的の花陵へはかなり遠回りになるが、それもやむをえないことだった。
 嬰都を進発して三日がたった晩、焚き火に当たる師諷の前に師栄が座った。
「父上、よく公子済は都を出ることを許可したものです。普通に考えれば、都に置いておいたほうが監視も容易ですし、食邑へ戻れば兵を挙げることも考えられましょうに」
「それ故病といって都を出たのじゃ。他の理由ならばまず許可されまい。都から遠くなればなるほど、死因はこじつけやすい」
「つまり、死因を病という事にして暗殺を…?」
「無論、挙兵されても簡単に鎮圧できるという自身もあるのであろう」
「それでは、こちらから暗殺の口実を与えたことになるではありませんか」
「わしとお前なら大抵の者は返り討ちに出来ようよ。暗殺は大人数で行うわけにはいかんからの。怖いのは都にあって何か口実を与えてしまい、それを理由に軍で攻められることじゃ。人数で押されればどうしようもあるまい」
「ですが…」
「もっとも危ないのは道中じゃ。気を引き締めてかかれ」
「はっ」
 師諷はこの息子の腕についてなんの不安も抱いてはいない。確かに目は殆ど見えないが、他の五感のすべてが人並みはずれて鋭く、武芸の腕も今の師諷では到底敵わない。
「師諷殿、よろしいか」
 黄鮑であった。師栄はそれとなく席を立った。
「この先邑をすべて迂回するにせよ、花陵に着くためには鐘河か金陵を通らねばならん」
「他に道は無いのか?」
「無い。どちらも山間に作られておる。元は東方にあった国に備えて建設された要塞なのだ。それを数代前に打ち滅ぼしたゆえ、今ではそれほどの備えはないが…」
「どちらも信用できんのか?」
「鐘河の主が前の代であれば良かった。今の代は宰相の犬じゃな」
「金陵は?」
「起良の食邑だ」
「ならば、お主の口八丁で鐘河を通り抜けるほかあるまい。影武者の人選もしておけ」
 師諷の一言に、黄鮑はうつむいた。
ここまで師諷と師栄は、公子遼の馬車の隣で堂々と護衛を勤めてきた。常に公子遼の傍らには堂々たる武勇の士が控えている、公子済の勢力にはそう知られているであろう。二人が死ぬまで戦い通せば、それが影武者とは疑われないに違いない。つまり、いざとなれば師諷は師栄と共に死ぬつもりなのだ。
自分を頼ってきた義兄を殺すのか。一層俯いた黄鮑を、師諷は慰めた。
「何もまだ最悪の状況に陥ると決まったわけではあるまい。それにの、息子はまだ魏がおることじゃし。後嗣を絶やさぬよう、お主が世話してくれると信じておるよ」
 黄鮑は応えない。陰になって見えないが、泣いているのかもしれない。優しすぎる、師諷がいつも思っていることだった。
 宵闇の静寂に、薪の爆ぜる音だけが響いていた。

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こっちにまとめちゃおうかな…

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