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虎を飼う気持ち(企画:百合でキス22箇所)


 昔から、虎を飼う大富豪の気持ちがわからなかった。
 だって、危ないじゃないか。
 なんかじゃれつかれただけでも殺されそうだし、そもそもほんとに懐いてるかどうかなんてわからない。気がついたら頭をがぶり、なんてことだって、ありえるわけだ。所詮は畜生、何を考えてるかなんてわかりはしない。
 まあ、大富豪の知り合いなんていないから、ほんとに虎を飼ってるかなんて、知りはしないのだけど。庶民的な親戚の中で一番景気のいいおじさんだって、精々が市議会の議員止まり。うちの父親に至っては公務員だ。……別に、公務員をバカにしてるわけじゃない。中流階級の象徴みたいなものだから、対比に出してみただけ。
 ともかく、私のようなド中流の感覚と、大富豪の感覚とでは全然世界が違って見えるわけだ。
 まったく理解が及ばない。
 しようという気になっても、どうにもならない。
 だから。
「福島さん、私と付き合ってください!」
 そう言われて、私は非常に困ってしまった。

 一八〇センチにも届こうかという巨体。
 金色に染めた固そうなベリショの髪。
 切れ長の目と、高い鼻、そして大きな声。
 部活中に抜け出してきたらしく、バスケ部のユニフォームを来たまま顔を赤らめたこの女から、同性の私が告白を受けたのは、夏休みを目の前にした、終業式の日の夕方だった。
「すみません、高城先輩。仰ってる意味がよく……」
 二五センチ近い身長差があるため、私は高城を見上げることになった。
 屈辱的だ……。
 高城は一個上のいわゆる先輩だが、心の中でまで先輩をつけて敬ってやる気にはならない。
 中学あたりから唐突に厳しくなる上下関係に、表向き適応してはいるけれども、内心ではスポーツバカというやつを、先輩後輩関係なく大いに馬鹿にしていた。
「いや、その、私の彼女になってくれないかって、そういうことなんだけど」
 もじもじと巨体を揺らす高城。
 まったく可愛げがない。
 格好良いとか、美人だとか、周囲では高城をそう評する声がある一方、私が持っている印象は、まったく別のものだった。
 猛獣。
 もしくは、虎女。
 威圧感のある外見といい、活発過ぎる性格といい、ぴったりだと私は思う。
 苦手だし、ちょっと怖い。
 友人としても出来れば遠慮したいタイプだ。
 それが、カノジョ?
 絶対にノーだ。
「すみません、私、女性と付き合うのはちょっと……」
「う……っ」
 拗ねたように私を見る高城。
「ですけど先輩なら考えなくもないというかなんというか……」
 その視線が怖くて、私はあっというまに前言を翻してしまった。
 馬鹿! 私の馬鹿!
「ほ、本当!?」
 高城は過剰に反応して、私の肩に掴みかかった。
 ぎゅっと握られたところが痛い。
 一体握力何キロあるんだ? 骨が折れるかと思った。
「え、ええ、まあ、考えるだけ……」
 必死に顔を背けながら、言葉を濁す。
 高城の目はぎらぎらと猛獣じみた光を放っていて、とてもじゃないが視線を合わせられない。
 怖すぎる。
「返事もらえるまで、待つから」
 そう言いつつ、高城は手を離さない。
 何が何でもこの場で返事を言わせるつもりなのだ。
 私の進退は極まった。
 さっき弱気になってあんなことを言った私を呪いたい。
「え、ええと……」
 なんと答えたものか。
 なんと断ったものか。
 高城の、顔が近い。
 虎の口に頭を突っ込んだような気分だ。
 そんな状況で妙案など浮かぶはずもなく、誰か来てくれないかなぁ、などと他人任せな考えばかりが去来する。
 ああ、もう、やだ!
 全部放り出して逃げたいが、高城の瞬足から逃れられるはずもなく、そもそも肩をつかむ手すらふりほどけないのだから、手詰まりだ。
 こんな状況でうまく断る方法があるなら、是非教えてほしい。十万までなら出すから。
 そんな私に、ついに痺れを切らせたのか、高城が口を開いた。
「ねえ、考えるってことは、私に脈があるってことだよね」
「え、ええ、まあ……」
「なら、ちょっと強引に、私のものにしていい?」
 と、とんでもないことを言い出した……。
「そ、そういうのは……」
 私は蚊の鳴くような声を出すのが精一杯だった。
 やばい。
 本気で怖い。
 膝が震えているのがわかる。
 今高城が手を離したら、私は地面にへたり込んでしまうだろう。
 高城の顔が近づいて来る。
 私はぎゅっと、目をつぶった。
 肩から手が離れ、変わりに私を抱きしめる。
 流行りの制汗スプレーの匂いがした。
 顔に、手がかかり、上を向かされた。
 何をされるかわからなくて、瞼にさらに力が入る。
 喉に、柔らかな感触。
 抱きしめていた腕が、解かれた。
「え……」
 ぺたり、と地面にへたり込む私。
「……ごめん」
 恐る恐る見上げた先で、高城は気まずそうに、視線をそらしていた。
「本当は、キスしようと思ったんだけど」
 背筋を冷たいものが伝った。
 あの状況でキスは強姦に等しくはないか……。
「でも、ごめん、その、なんかいきなりはだめかなって、その、喉の方に、ちょっと、しただけだから」
 え。
 え、ええ?
 されたの?
 喉とはいえ、キス?
「おでこは、なんか気恥ずかしかったし、喉ならいいかなって……」
 いや、まったく基準がわからない。
 それ以上にテンパった頭が状況を理解してくれない。
「返事、後でまた聞きにくるから」
「え、ちょっ、ちょっと……!?」
 そうしている間に、高城は身を翻して駆け去った。
 自分からやっておきながら、耳まで真っ赤になっていたのが、妙に印象的だった。

 後々、私はキスする部位に意味があることを知った。
 雑誌のコラムに載っていたのだが、喉にキスした場合は欲求を意味するらしい。
 高城は、それを知らずに喉にキスしてきたのだろうが、欲求というあたり、妙に野性味があるというか、獣じみているというか、高城らしいと言う気がした。
 次に答えを聞きに来たとき、教えてやろうか。
 答えすら決まっていないのに、なんとなく、それを楽しみにする私がいた。


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

持たざるもの


 器用に立ち回るのは、好きではなかった。
 自分を曲げ、人にへつらい、筋を曲げる。そんな生き方は、ビューリングのそれではない。
 媚びるのは、何よりも嫌いだ。
 娼婦のような笑顔で歓心を買うくらいなら、死んだ方がましとすら思う。
 そんな生き方をするビューリングを、人は奇人と嘲う。
 上等だ。
 ビューリングはその評価に満足していた。
 少なくとも、ビューリングに人並みの媚を求めたりはしない。
 人が避けてくれれば、それだけ人に関わる面倒事も避けられる。
 背負うものが無いのは、とても楽なことだ。
 そういった思いは、大切なものを失う度に、加速していった。
 持たざるものは、失わない。
 ビューリングの思想とは、そういうものだった。

「……」
 息も切れ切れに、ビューリングはスラッセンの街を歩いていた。
 周囲からは好奇の視線を向けられ、居心地悪いことこの上ない。
 もしもビューリングが身軽であったなら、汗を流しながら歩くことも、悪目立ちすることもなかったろう。
 だが、この日は一人ではなかった。
 背中に、酔いつぶれた智子を背負っている。
 ビューリングの顔の横で、すやすやと酒臭い寝息をたてる智子は、重荷以外の何物でもない。
 それを何故放り出さないのか、ビューリングが一番困惑していた。
 疲れた身体に染みるなどと言い出し、調子に乗って度数の高い酒をがぶ飲みして潰れた挙げ句、起きろと言っても起きないのであれば、あとは自分の責任ではないか。ビューリングの知ったことではないはずだ。
 それを放っておけなかったのは何故か。
 わからない。まったく理解できない。
 自分の中の理性が、愚か者と罵る。そして今からでも遅くない、どこか宿屋に預けて一人で帰れと勧めてくる。それを、感情が頑なに拒否していた。
 結局、悪態を吐きながら智子を背負い続ける。
 吐き気がするのは、酒のせいだけではないだろう。
 今、自分はらしくないことをしている。
 その意識が、ビューリングの中で強烈な不快感を発している。
 度し難いことに、智子を背負うことを、ビューリングの感情は喜んですらいる。
 何故、何故、何故。
 ビューリングの理性に、感情は言葉を与えてはくれなかった。
 歩いていると、ベンチが見えた。
 ビューリングは智子を下ろし、ベンチに座らせた。……といっても、泥酔して脱力した智子である。両腕をベンチの背もたれの後ろに回し、それが支えになっている。座らせたというよりは、引っかけたという方が正しいかもしれない。
 何でも良い。
 とにかく、煙草だ。
 火をつけたビューリングの肩に、智子が頭を乗せた。
 むせた。何度も咳をして、視界が涙に滲んだ。何度も何度も、煙草の火が消えるまで、ビューリングはむせた。目尻からは、涙が流れている。
 煙草のせいだ。
 そうに違いない。
 決して、絶対に、断じて、智子のせいではない。
 そう言い訳して、捨てられない自分から、ビューリングは目を背ける。
 捨てられないから、持ちたくない。
 ビューリングは、臆病な自分と、向き合うことができなかった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破天荒に巻き込んで


 醇子の視線は、ずっと美緒に向けられていた。
 たったの三分。
 自分だけを見てくれたのは、先に着いた二人が美緒を待つ間の、それだけの時間だった。
 子どもの頃なら、美緒につっかかったり、醇子にちょっかいを出せた。今は、分別がそれをさせない。鬱屈した思いが胸にわだかまる。それを表に出すことすら、できなかった。
 美緒と並んで歩く、醇子の背中を見つめる。
 二人の一歩後ろを歩きながら、徹子は下唇を噛みしめた。
 醇子と二人の時は、楽しかった。他愛のない話しかしなかったけれど、それで十分だった。
 今は、寂しい。
 それもこれも、醇子が美緒ばかり見るせいだ。
 かといって、醇子どころか、美緒を恨む気にもならない。徹子は、醇子とはまた違った意味で、美緒のことが好きだった。
 割って入れば良いのだ。
 それくらい、わかっている。
 わかっていながら出来ないのが、徹子だった。

 店は簡素な食堂だった。
 美緒はそもそもこだわらない。徹子は出てくるものが美味ければそれで良い。そして醇子は二人に流される。そういうところは昔から変わらない。
 そういうわけで、三人は目に付いた店に入った。
 奥のテーブル席に通される。
 美緒が座り、その向かいに徹子が座る。醇子は自然な動作で、美緒の隣に座った。
 まあ、そうだろう。がっくりとしたが、わかってはいた。
 顔がよく見えるし、それで良いか。
 諦めた徹子が、少し身体を醇子の前へ寄せようとした、その時。
「いてっ」
 隣に座っていた人間の顔に肘を当ててしまい、徹子は慌てて身体を戻した。
「あ、悪い」
「なにすんだ!」
 横を向くと、義子が威嚇するように両手を上げ、ぷんすかと怒っていた。
「まあ、徹子もわざとじゃないんだから許してあげて」
「あれくらい避けれないようでは、魔王の名が泣くぞ」
「なんだとう!」
 醇子と美緒のフォロー?も空しく、義子は臍を曲げている。
 困ったな、久々に集まったのに。そこまで考えておいて、徹子は我に返った。
「……って待て待て待て待て。なんでこいつがここにいる!?」
「……あら、確かに」
「いつの間に来たんだ、お前は」
 徹子の声に、ワンテンポ遅れて、醇子と美緒は反応した。
 当の義子、西沢義子は、何のことかわからないというように、首をひねった。
「というか、あなた扶桑にいたの……?」
 醇子の言葉には、驚きが含まれている。美緒も呆れ顔を浮かべて、
「基本的に消息不明だからな、こいつは……」
 などと呟いている。
「わははは! なんかメシ奢ってもらえそうな気がしたから帰ってきた!」
 義子はなぜか上機嫌だった。
「どんな気だよ!?」
 わけがわからない。何度話しても、義子の理屈は理解不能だった。
「メシぐらい奢ってやるから、たまには居場所くらい知らせろ」
「けどなー、坂本。狼煙ってあまり遠くまで届かないんだぞ」
「お前の連絡手段はそれしかないのか!?」
「あ、そうだ、醇子。こないだ鳩捕まえて足に手紙付けて送ったけど、届いた?」
「届くわけないじゃない」
 万事、この調子である。
「それとな、どこか基地に立ち寄ったなら、誰でもいいから連絡しろ」
「なんで?」
「この頃、戦闘中未確認のウィッチが現れて、瞬きする間にネウロイを撃墜してどこかへ消えたとか、行き倒れた所属不明のウィッチに食事を与えたら、礼だと言ってその日現れたネウロイを全滅させたとか、嘘か本当かわからん噂話が多くてな……」
「覚えてるよーな、覚えてないよーな……」
「もう妖怪だな……」
 徹子は呆れて、突っ込む気力さえなくした。

「じゃあ、私たちはこっちだから」
「元気でな、徹子。義子」
「おう!」
「……ああ、またな」
 夕方にはまだ早い時間だが、この日は醇子も美緒も、仕事があるというので早めの解散となった。
 結局、義子の乱入もあって、醇子とはあまり会話することができなかった徹子だが、その表情に屈託はない。
「さて、私も帰るかー」
 そう言って、のびをする義子を、徹子は見つめていた。
 不思議なものだ。
 義子と話していると、その破天荒なペースに巻き込まれ、何を考え込んでいたのか忘れてしまう。
「……なんだよ」
 義子が怪訝な目で徹子を見る。
「いや」
 徹子は自分の頭をくしゃくしゃとかき、
「なんか、お前見てると色々どうでもよくなると思っただけだ」
「ふうん」
「羨ましいよ」
 何が、とは言わない。
「……なあ、もう一軒行かないか。肉でも食いに行こうぜ」
「肉! 行く!」
 もう少し、醇子に向けた気持ちを、徹子は忘れていたかった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

彼女以外には荷が勝ちすぎるその不運


 その夜、サーシャは星を見上げていた。
 時計の針は十一時を指している。
 あと一時間。あと一時間で、ニパの誕生日が来る。
 サーシャの気持ちは晴れなかった。
 一年に一度の大切な日。その日ですら、あの少女は不運であるに違いない。
 出来ることなら、変わってやりたかった。一日くらい、誕生日の日くらい……、曇りがちなあの顔を、晴れやかな笑顔にしてやりたい。
 神様。
 思いつくだけの神様の名を並べ立て、サーシャは手を組んだ。
 何でも良い。一日だけ、彼女に祝福を。
 俯いて瞼を閉じたサーシャの頭上で、流れ星が一筋、山の向こうへ流れていった。

 目を覚まして、まず感じたのは違和感だった。
 サーシャは身を起こし、身体を改めたが、原因はわからず首をひねるばかり。
 体調が悪いわけではない。どこかに傷が出来ているわけでもない。
 ただただ、身体が重かった。疲労や体調不良からくる倦怠感ともまた違い、なにか、分厚い膜のようなものが、身じっとりと体にまとわりついているような、とにかく不快な重さだった。
 出来ることならば、このまま横になって一日を過ごしたい。真面目なサーシャには、珍しくも怠惰な欲求が首をもたげていた。
 しかし、普段謹直だからといって、許されることでもない。ニパにプレゼントも渡したい。
 サーシャは自分の身体を引きずるようにして、無理やりベッドから立ち上がった。
 その時だ。
 サーシャの足が、床に吸い込まれた。
「いったぁ……!」
 日頃から、弱くなっていた床板を、踏み抜いてしまったものらしい。
 サーシャは痛みに眉を寄せながら、ゆっくりと足を引き抜いた。
 傷を改める。骨に異常はないようだが、踏み抜いた際、割れた床板が引っかいたような傷をつけていた。それに加え、小さな木片がいくつか、ふくらはぎに刺さっているようでもある。
 痛みでくらくらとする頭を押さえつつ、サーシャは応急処置のため、棚にある救急箱の取っ手に手をかけた。
 だが、その救急箱には鍵がかかっていない。
 その状態に気づかぬまま、蓋についた取っ手を持ち上げたものだから、当然のように中身が床に散らばった。鋏は床に突き刺さり、瓶は割れ、包帯は床に白い線を引いた。
 その光景があまりに派手だったため、サーシャは救急箱の隣に置かれていた、紙袋が一緒に落下したことに、まったく気づかなかった。そのまま、紙袋には、薬品が染み込んでいく。
 片付けをしている時間はない上、救急箱がこの有り様では手当てもできない。手早く着替えを済ませたサーシャは、医務室で手当てしようと、部屋を出ようとした。
 が、今度は扉が開かない。
 建て付けが悪く、開け閉めがし辛いと常々思っていたが、開かなくなるというのは予想外だった。
 押しても引いても、動く気配はない。
 破壊するわけにもいかず、仕方がなく蝶番を外して出ようとしたところで、サーシャは手を止めた。
「そういえば、昨日はハンガーに工具一式を置いて……」
 作業を途中できりあげたため、再開しやすいよう部品と一緒にしていたのを、思い出したのだ。手元には、ドライバーの一本すらないということになる。
 まったく、頭を抱えたくなるような事態だった。実際、サーシャは頭を抱えてうずくまった。
 ため息が出る。
 何か変わりに使える道具はないか、と当たりを見回したところで、あるものを見て、サーシャの血の気が引いた。
 先ほど床にぶちまけた、救急箱の中身。その当たりは今、薬品で水たまりになっているのだが、そこにあるものを見た。
 あるものとは、下側をたっぷりと薬品に浸からせた、紙の袋だった。
 棚の上に置いていたはず。なぜ、こんなところに。
 水色の袋を、サーシャは震える手で拾い上げる。
 恐る恐る中をのぞくと、中には毛糸のマフラーが入っている。
 サーシャが手ずから編んだ、ニパへの誕生日プレゼントだった。
 運のないニパが、せめて風邪をひかないようにと、寝る間も惜しんで編んだものである。
 しかし今は、薬品に濡れ、顔を背けたくなるようなにおいをさせていた。これでは、贈るわけにはいかないではないか。
「そんな……」
 サーシャは目に涙を溜めながら、呆然と紙袋に視線を向けていた。

 ベッドの中で、サーシャは勢いよく身を起こした。
 当たりはまだ暗い。時計の針は、三時を指している。
 早鐘を打つ心臓。サーシャは目尻の涙を拭った。
 枕元のスタンドに、灯りを灯す。
 恐る恐る床を見ると、穴はどこにも空いていないし、ぶちまけられた救急箱の中身もどこにもなかった。棚には水色の紙袋と救急箱が仲良く並んでいるし、工具箱も机の上にある。
 ようやく、サーシャは夢を見ていたことを知った。
 夢とはいえ、あんなに運がないとは、まるで誰かのようだ。
 そこまで考えて、サーシャははっとした。
 運のないところを変わってやりたいと、寝る前に願ったのは自分だったではないか。
 手当たり次第にお願いした神様のうちの誰かが、夢の中だけ叶えてくれたのか。
「…………」
 サーシャは黙然と、夢を思い出した。
「変わるのは、なしにしましょう」
 正直、あれが続いては、生きていける気がしない。
 もっと身の丈に合った、助け方があるはずである。
「もう少し、優しくしてあげた方がいいかしら……」
 夢の中とはいえ、苦労の一端を味わったのである。今までより甘くなるのは仕方がないと、いいわけめいたことを考えた。
 とりあえず、もう少しだけストライカー壊しは大目に見てあげよう。
 再び布団に潜り込みながら、サーシャは決めていた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

恋に悩む娘は可愛いと思うがどこか親心


「まったく、呆れた」
 そう言いながら、醇子は微笑みを浮かべていた。
「……仕方がないだろう。こんなこと、今まで考えたことはなかった」
 その前で、美緒が拗ねたように、顔を横に向けた。
「ええ、そうね。美緒は自分の誕生日ですら忘れちゃうものね」
「返す言葉もないが、今回は忘れてたわけじゃない……」
「わかってるわよ、美緒が土方君の誕生日を忘れるわけがないってことくらい。それから、プレゼントを何にしようか考えすぎて決められなかったり、一週間くらいまともに寝ないで考えてたり、気付いたら明日が誕生日だったりってことも」
「待て、なぜ知っている!? 誰にも……、あ」
 顔を赤くして椅子から立ち上がり、言いかけたところで、美緒は自分が自爆したことを知った。
「あらあら、そうだったの。やっぱりねぇ」
 醇子は余裕の笑みを浮かべていた。
「……醇子」
「なにかしら」
「カマカケとは、意地が悪いとは思わないか……?」
「このくらい、鎌をかけたうちにも入らないわ。ところで、座らないの?」
「あ、ああ……。すわる……」
 美緒は腰を下ろした。
 抗議の言葉は、それ以上は出てこなかったけれども、その代わり、恨みがましい視線で無言の抗議を始めた。
 醇子はどこ吹く風で、さらりと受け流してしまったが。
「まあ、その様子じゃ中々決められないでしょうね」
 随分と近視眼的で、余裕がない。流石にそこまでは言わなかったけれども、美緒が目的を見失っているのは明らかだった。
 そもそも、美緒は不器用だ。
 あれこれと考えず、目に付いたものでも買って贈れば良い。これよりあれの方が喜ぶのではないか、とか、あちらの方が使い勝手が良いのでは、とか、そういう細かいことを、贈る前から考えるべきではない。
 自分がプレゼント、と言えるくらいの狡さも度胸もないのだし、なんだったら、候補を全部贈ってやるくらいのことをしても良いのだ。それだけの稼ぎはあるだろう。それは極端な例としても、ごちゃごちゃと考え込むくらいなら、そうした方がずっと美緒らしい。
 自分を見失って、思い詰めて。それで良い結果を出せた試しがないというのに。不器用なことだが、美緒は全然学んでいなかった。
 ため息が出る。まったく、ため息がでるほどに。
「可愛いんだから……」
 拗ねた美緒の頬は、心なしか、膨らんで見えた。

「それで、何を贈ろうと思ったの?」
 ため息混じりに、醇子は本題に入った。
 一途さをこじらせた美緒をからかうのは楽しいが、だからといって、それで一日を終える気はない。忙しい中、どうにかスケジュールを調整して休みまで取ったのだ。それだけでは、少し物足りないものがある。
「む……」
 美緒が、視線を向けた。多分に警戒の色が含まれている。醇子は苦笑して、
「悪かったわ。もうからかわないから」
「別に、気にしてはいない」
「うん」
「ただ、本当に困ってる」
「うん、うん」
「ちゃんと聞いてくれるか?」
「もちろん。そのために来たんだもの」
「そうか、じゃあ……」
 と言って、美緒は考えたものを並べ立て始めた。
 それはよくもまあこんなに、と思えるほどの数で、醇子は二十個まではちゃんと覚えていたけれども、それ以降は良さそうなものだけ記憶に留めておいた。
 主なものとしては、ネクタイ、シャツ、浴衣、時計といった実用的なもの、旅行のような形のないもの、それから、料理とも言い出したので、それだけは止めておいた。
「いい、美緒。料理だけは駄目。あなたが本当に将来のことを考えているなら、料理だけは絶対に駄目よ」
「なんで二回も……」
「なんでもよ」
 この時の醇子の顔には、鬼気迫るものがあったという。
「だ、だがな、醇子」
「駄目だったら」
「最近発見したんだが、茶碗一杯分のおにぎりをビー玉サイズまで圧縮できる方法が」
「……誕生日に兵糧丸贈ってどうするのよ」
 土方は美緒の手作りなら何でも喜ぶだろうが、誕生日に戦国時代の携帯食が贈り物というのは、いくらなんでも豪快すぎる。
 どうせなら米だけでなく精力のつくものも一緒に握れば良い。一粒で一晩動けるくらいの。
「とにかく、料理は駄目だからね」
「む。じゃあ、何がいいんだ……」
 肩を落としつつ、悩む美緒。
「装飾品も小物も、なんかありきたりな気がしてなぁ」
 それは、美緒の料理に比べればそうだろう。
「中々、心に残るものとなると」
 料理の場合は確かに残るだろう。トラウマが。
「やはりりょ……」
「旅行!? ああ、いいわね、旅行! とってもいいと思う!」
「え、いや」
「どうせなら、二、三日と言わず一週間くらい一緒にすごしてきたら良いんじゃないかしら!」
「……む」
「土方君も疲れがたまっているだろうし、美緒とゆっくり過ごせるなら喜ぶと思うわよ」
「そ、そうかな……。でも、旅行というか、一緒に旅館行ったりはよくするし……」
 それは醇子も聞いていた。美緒が帰国する度に、二人は決まった旅館に泊まるのだという。だが、醇子の提案は、まだ終わりを見てはいなかった。
「なら、たまには別のところも良いんじゃない?」
「別のところ?」
「思い出の場所。例えば、ガリアとか」
 美緒の頬に、赤みがさした。もう一息。醇子は確信した。
「どうせ、もうすぐガリアに帰るんでしょう? なら、土方君に休暇を取らせて連れてっちゃえばいいのよ」
「む、む……」
「ガリアも大分復興もして見るところは沢山あるし、一緒に思い出深いところを歩いてみるのも趣があるんじゃない?」
「そう、かも」
「なら、決まり。それにしなさい」
 心を揺らしつつ、またあれこれと考え出しそうな美緒を見て、醇子はそう決めつけた。
 どうせ土方の都合はどうか、とか、そんなことを考えだしたに決まっているのだ。愚問である。美緒に誘われて、土方が喜ばないはずはない。あの仏頂面に汗を浮かべて、時間を工面するはずだ。
 美緒は何か言いたげではあったが、元より乗り気にはなっている。否やのあろうはずもない。
「あ、醇子」
 別れ際、夕焼けを背に負い、美緒は醇子を呼び止めた。
「その、ありがとう」
 そして、はにかんだような、礼。
「気にしないで。それより、頑張りなさい。良い思い出にしないと、お祝いにならないんだから」
「ああ、わかってる」
「ああ、でも」
「頑張り過ぎて、ハネムーンにしないように」
 まだあなたには早いわ。
 夕焼けより赤くなった美緒に、醇子はそう付け加えた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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萩原間九郎

Author:萩原間九郎
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